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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(132)

« Des tas de probité », HIPN, vol.1, pp.352-359.

 probitéは「誠実,実直,正直」で,その形容詞形がprobe.今回のお話のキーワードです.子どもの頃に,後にアメリカ合衆国初代大統領となるワシントンの桜の木のお話を聞いたことがあるでしょう?ワシントンは父親が大切にしていた桜の木を伐ってしまう.父親は怒って犯人探しをする.ワシントンが自ら名乗り出ると,父親はワシントンを許し,その正直さと勇気を讃えるというもの.正直は報われるとか,誠実は美徳といった感じで用いられる有名な逸話です.この逸話が本当かどうかはわかりませんが.

 ジョージさんはおいておいて,今回はニコラが拾ったお財布を警察に届けるというお話です.ニコラはかわいいから(が理由かどうかはともかく),正直者はバカをみるなんてことにはならないでしょうが,どんなオチが用意されているでしょうか.パパも登場するので,何かしでかすのは間違いなくパパの方です.そこまでは予想できましたが,最後の最後まで予断を許さない,真っ当で真っ正直で感心な男の子の話でしたので,そんなはずはない,これは『プチ・ニコラ』なんだからと,内心ハラハラしていましたが,本当に最後の2行でパパがちゃんとオチをつけてくれました.

 ある日の学校帰り,ニコラがアルセストとクロテールと3人で歩いていると,歩道にお財布が落ちていました.イラストの1/2です.


 3人とも目を丸く・・・と書きたいところですが,一番奥のクロテールは首を傾げて事態が把握できていない様子です.イラストには3人の脇に大きな木と駐車した車があるのですが,何せ目立つのは,壁に貼られた大きなポスターの数々でしょう.全て広告ですが,左側は「*月6日から13日まで,エデン・パラス」なので映画のポスターでしょう.題名は« 100.000 Dollars au sole... »で最後は切れていますが,間違いなくsoleil.だって,先日亡くなったばかりのジャン−ポール・ベルモンド主演の『太陽の下の10万ドル』という映画が実在しますから.監督はアンリ・ヴェルヌイユ,本国フランスでは1964年4月に公開された映画です.ですから,連載の最後の方に発表されたお話であることもわかります.

 中央,頁を跨いで上から下へ,3枚のポスターが貼られています.上から« Ce soir Sous le chapiteau du cirque de RTF 100F par seconde au select-Pathé »「今夜 フランス国営放送のサーカスのテント.セレクト−パテ館で『1秒100フラン』」,2枚目は« Vous aussi vous pouvez gagner 10000 en faisant le G.Concou[rs] Zoum. Zoum la lessive qui contient du zim suractive »「ズームのコンクールに参加して,あなたにも十万フラン当たる.ズーム:速効性ジムを使用した洗剤」,その背後に« Hors la loi »「アウトロー(無法者)」.最初の「1秒100フラン」はラジオのクイズ番組です.1953年には同名の映画も製作されたほどで,よほどの人気番組だったようです.質問に答えて,賞金が増えてゆくやつ.フランス国営放送(RTF=Radiodiffusion Télévision Rrançaise)は折しも,1964年にORTF(Office de Radiodiffusion Télévision Française)に名称を変更しているそうですから,このポスターは改称以前の1964年のものです.zoumという洗剤は,きっと存在したんでしょうね.




 合計4枚のポスターが貼られているわけですが,共通点は・・・ありますかね?しかし,4枚のうちの3枚がお金に関係しているのは確かです.うち2枚は大金を儲けましょうという,夢のような広告.映画の題名もなぜか「10万ドル」で景気がいい.唯一仲間はずれは「アウトロー」ですが,ちょっと深読みかこじつけをするなら,ニコラたちがこのまま財布をネコババすれば法を犯すことになりますから,文字通り「無法者,お尋ね者」となりますね.ですから,全て偶然にも道でお財布を拾ったニコラたちの状況と関係しています.汗水垂らして地道に稼ぐよりも,犯罪や宝くじなどで一気に大金を手にしては?という誘惑と,そうなったら法を犯して警察に捕まるぞという戒めが4枚に込められているのです.超深読みでしょうが.

 お話に戻りましょう.3人はそれぞれ全く異なるリアクションを示します.クロテールとニコラはどっちが先に見つけたか言い争いを始めます.もちろんネコババする気満々です.ニコラが最初に見つけたことを主張し開けてみると,「中にはお金がいっぱいいっぱい入って」いました(il y avait des tas et des tas d'argent dedans. , p.352).よほどの大金が入っていたようです.しかし,後で財布を受け取ったパパが開けて,「いっぱい入ったお金を数える」と「45サンチーム」入っていました.額を知ったパパは届け出る必要がないと判断するので,「45サンチーム」がよほどの少額であったことがわかります.でも大切なのは,ニコラたちは「お金がいっぱいいっぱい入っていた」と感じていること,パパに数えてもらう際にも「いっぱい入ったお金」と書いていることです.つまり,ニコラたちはすでに,貼られていたポスターが示すような大金の妄想に取り憑かれていたのです.そのため,3人目であるアルセストがネコババすれば,警察に捕まって牢屋に入れられるぞと,お父さんの教えを反復すると,震え上がってしまいます.それを聞いたクロテールなんて,即座に「走って逃げ」ちゃいました.

 ニコラはアルセストの話を聞いて,警察に行くか,元の場所に財布を戻そうか迷います.でも結局は恐怖,いや多分「正直さ」がまさり,どうしていいか分からなくなって,泣きながら家に帰るのです.

 額を見て,警察に届けるほどのことはないと判断したパパは,家に帰って服も着替えてしまったし,庭でくつろいでいたから,届出に行くのを嫌がります.しかし,子どもに教訓を与えるために,すぐに警察に同行することになります.まずはニコラ一人で行かせようとし,次には「数日以内に」と渋った後でしたが.

 イラストの2/2は警察署での届出の様子です.


 パパとニコラと同じ格好をして立っています.「正直」で,感心な親子です.一攫千金なんて妄想だにしません.ここからは署長さんが出てきて,中身を数えてニンマリ.ニコラの「正直さ」を褒め称えます.パパが形式的な書類を書いて,みんなで握手してお開きとなりました.ニコラは家に帰ってママンに報告.ママンもニコラを抱きしめます.万事こんな調子で,一体いつから,『プチ・ニコラ』はいい人ばかりが登場する,教訓的なお話になったのでしょう・・・.でも最後にちゃんとパパが締め括ってくれます.ママンがニコラをぎゅっと抱きしめた後,


その時,僕は自慢に思ったよ.家ではパパもママンも僕らも,みんながすっごく正直なんだ.だってパパは警察署で書類を書いた万年筆を返さなきゃと,すぐまた走って出て行ったんだからね(p.359).


 どうしてパパはいつもついていないんでしょう.でも優しくて,正直なパパに違いありません.

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