« Je fais de l'ordre », HIPN, vol.1, pp.336-343.
「僕,お片付けする」.ordreはフランス語で「秩序」を表す語.対義語はdésordreで,「無秩序,混乱」です.「〜する」という動詞と組み合わせて,「秩序づける」つまり,「整理整頓する,片付ける」となります.部屋があんまり汚いので,ママンがお使いに行っている1時間の間に整理・整頓を命じられたニコラ.ところが,ordreにするつもりで,désordreにしてしまうのもニコラ.しかも全然悪気がなくて,いいことをして褒められるつもりでいるというのもニコラらしいKYぶり.イラストの表情にも,こんなことしたら叱られるかもしれない・・・なんて不安は微塵も感じられません.
ちなみに,片付けているつもりで,家の中をメチャクチャにしてしまうというこのお話,映画版第1作目で,弟ができたら森に捨てられてしまうから,何とか捨てられないように,パパとママンに気に入られようと,クラスメートたちと家の大掃除をするシーンがありました.それで靴墨でソファを磨いたり,水を運ぼうと絨毯にこぼしたり,掃除機を破裂させたり,カーテンと一緒に猫を洗濯機で洗ったり・・・と,例によって,かえって汚してしまう,大惨事の場面でした.この場面の元ネタは今回のお話に違いありません.
イラストの1/5は,題名のすぐ脇に置かれた,大きなスープ鉢を運ぶニコラの図です.
ネタバレ承知で,これはお話の半ばほどで出てくる,水をひっくり返してしまう場面ですが,イラストをよく見ると,ニコラの足元の絨毯がほんの少しめくれています.それで足を取られて,水をこぼしてしまうのですから,かなり細部に凝った絵と言えるでしょう.それにしても,お客さんが来たときにスープを入れるための,「家で一番大きな鉢」なのですが,デカっ!そんなにお客さん来ないだろ,というより,そんなにスープばっかり飲まないでしょう.
今回の文章の肝は,とにかくニコラに,悪いことをした/しているという意識が全然ないこと.最後の最後まで,褒められるとまで思い込んでいるのです.読者からすると,へまと失敗(?)の連続なのですが,全くめげません.それどころか,ことあるごとに,ちゃんと叱られない理由を挙げていくのです.叱られない理由と書くと,まるで無理に理屈をつけて言い訳,言い逃れをしているようですが,そうではありません.自分の過失を本当に褒めてもらえると思っているのです.つまりちゃんとした理屈をつけています.つらつらと思うに,こうした理屈,あるいは屁理屈は,子どもの前で大人が聞かせているものなのではないでしょうか.それでニコラも,「あぁ,〜といっていたから,〜なっても,〜だよな」と納得するのです.それなのに,そうした理屈の全てを否定して子どもを叱るなんて,ニコラにしてみれば,理不尽以外の何物でもありません.
イラストに合わせて例を見てゆきましょう.どんな理屈/屁理屈が出てくるでしょうか.
まずイラストの2/5です.
ニコラはまず,ベッドの下に押し込んだものから片付けを始めました.そういえば,子どもの頃に片付けなさいと言われたら,まずは見えないところに押し込んだり,隠したりして片付けたふりをしたものです.イラストでもベッド下から物が溢れ出ています.動力がゴム式の飛行機が見つかり,ニコラは未だ使えるか試してみました.そんな図です.ところがよく見ると,飛行機の奥に,花瓶が見えます.予想できますね.
飛行機が僕の部屋から飛んで出て,ナイスに飛んだと思ったら,食堂のテーブルの上に置いてあった花瓶を壊しちゃったんだ.(p.336)
それなのに,ニコラは平気な顔をしています.
でも大丈夫.だってメメがくれたこの花瓶は全然キレイじゃないって,パパが何度も言ってたもん.花瓶にはお花が生けてあって水が入っていたね.それでテーブルとレースのついた敷物がびしょ濡れになったけど,水なら汚れないしね.(pp.336-337)
パパは花瓶が気に入っていなかったし,水なら汚れないし乾くから大丈夫.なるほど,一理あります.もちろん,パパが花瓶を気に入っていなかったのは,ソリの合わないメメからのプレゼントだったこととか,いくら水でもただの水ではなくて花瓶の水だったら汚れているし,敷物も水を吸ったら乾かしてもシミがつくなんてことは,子どもだから?考えません.それでもやっぱり,ニコラの言い分には一理あるのです.
次はイラスト3/5.くまちゃんのお手入れ.ニコラの口癖「僕が小さいときに」,遊んでいたぬいぐるみです.クリストファー・ロビンとクマのプーさんみたい.このくまさん,「ところどころ毛が抜けて,かさぶた」ができていました.それで,毛を元のようにしてあげることはできないので,それなら剃ってあげようと,思いつきます.子どもらしい,潔癖さから出た親切心といえましょうか.
お風呂場で,パパの電気カミソリを使ってお手入れしてあげています.くまちゃんも気持ちよさそう.全部剃ってあげたら,かさぶたのような禿げたところなんて気にならなくなるはず.理屈は合っています.ところが,途中で電気カミソリがバチバチッ.ショートしてしまいます.ま,長い毛を巻き込んでいたら,当然そうなるでしょう.でも,
たいしたことじゃないよ.だってこの剃刀はもう古いから,新しいのを買おうかなって,いつも言ってるもん.(p.338)
かわいそうなのはくまちゃん.上半分だけしか剃れなかったから,下が「ズボンを履いてるみたい」になったそうです.それはそれでかわいいかも.
次は部屋に戻って,引き出しの中を片付けることにしたんですが,2/5で見たように,ベッド下の物が全部,引き出しに入るわけがありません.そこで,いらないものを全部,「ベッドのシーツに包んで」捨てることにしました.「ベッドのシーツ」を使うのもすでにアレですが,これを階段から下ろすよりも,窓から投げる方が早いと思いつきます.確かに.普通はしませんが,早いは早い.それでイラスト4/5.
ニコラの部屋の窓から包みを投げたら,玄関の扉の上にの張り出しガラスの上に落ちて,割れてしまうのですね.窓から捨てるまでは合理的だったのですが,張り出しガラスがあるのは想定外.一つの理屈は正しくても,別の事態は予測できなくて,そちらに焦点を当てると,さっきの理屈は正しくない.そんなところでしょうか.
ここでひとつ疑問.先ほど飛行機は「僕の部屋から飛んで出て,ナイスに飛んだと思ったら,食堂のテーブルの上に置いてあった花瓶を壊し」たのでした.それで,2/5でも飛んだ先が食堂と花瓶だったはずなのですが,このイラストではニコラの部屋は2階という設定です.それでないと,真下の玄関の張り出しを壊すことができません.それではニコラ家では食堂が2階?そんなはずないでしょ.ま,ニアミスってことで.
張り出しを壊しても,「幸い,たいしたことじゃないんだ」そうです.
だって,ママンが,この張り出しは拭き掃除ができないわ,扉の上につけるなんてバカなことを考えるものねって,いつも言ってるからね.ママンがそういうと,パパはいつも大笑いして,玄関マットの代わりに扉の下に張り出しはつけられないからねぇと言うんだ.ママンはそんな風に言われると癪に触って,パパと話があるから部屋に行ってなさいと僕を追い出すんだ.(p.339)
ママンがそう言うなら,壊しても叱られないですよね.多分.理屈では.
イラストに戻ると,包みが張り出しを壊し,中身はぶちまけられています.ここまでは良いのですが,ニコラは何やら拭き掃除をしています.それにニコラの背後には掃除機が.さらに右側の窓の奥には水が出っ放しの蛇口が見えます.順に説明します.
①玄関に散らかったゴミを掃除しようと,ニコラは掃除機を持ってきます.これがイラストの5/5です.
それで外で掃除機をかけると,片付けようと思っていたおもちゃだけでなく,「砂利やガラスのかけら」まで吸い込みます.もちろん,そのせいで掃除機の袋が破れてしまいます.ですから,先ほどの4/5(↑)でニコラの後ろに立てかけてあったのは,袋が破れて使えなくなった掃除機です.もちろん,4/5と5/5はお話の展開としては順が逆転しています.
たいしたことじゃないんだ.だってママンが破れたところを繕うか,新しいのを取り付けるから.(p.339)
ママンが「繕う」のを見たことがあるのでしょう.つまり,ママンはなるべく新しいものに取り替えずに,何度も繕って大切に使っていたのがわかります.物は大切に.でもニコラにはそんなママンの苦労が見えてません.壊して悪いことをしたつもりもない.だから平然とした顔をしています.くまちゃんの時と同じ顔であるのがポイントです.
②ぶち撒かれたゴミのうち,大きいものは手でゴミ箱に.小さいものは洗い流してしまうことにしました.そこで,すでに見た1/5のイラストに登場した,家宝のスープ鉢で水を運ぶことに.まず食器棚から「一番奥にしまってあった」鉢を引っ張り出すのに,お皿を2枚割りました.
たいしたことじゃないよ.だって,それでもあと22枚もあるんだ.お客さんが一気に22人来るなんてないからね.(p.341)
お客さんが22人!それは滅多にあることじゃありません.でも,お皿は一人一皿使うわけじゃないですよね.前菜,主菜,デザートだけでも,一人3枚使うんです.それだけでも,ね.
それから,先ほど触れたように,「絨毯に足を引っ掛けて」しまいます.当然,水はこぼしました.スープ鉢はその時は救われましたが.
③運んできた水をぶちまけて,「洗面用タオル」で拭き拭きしたそうです.シミになりました.
たいしたことじゃないさ.乾けば,シミは簡単になくなるかなね.(p.341)
なくならないでしょうね.それに,それは雑巾ではなく「洗面用タオル」なのです.
④先ほどは水をこぼしただけですみましたが,どうやら,その後スープ鉢はやっぱり割ってしまったそうです.↑でも玄関先に取っ手のついた残骸があります.
お皿はたくさんあるけど,スープ鉢は一つしかなかったからね.これにはちょっと弱ったな.でも結局のところ,どうってことないんだ.だってパパはお客さんがいる時にはスープよりもオードブルをお出しする方が好きなんだ.その方がグッとよく見えるさってパパは言う.そう聞くとママンは,サン・ジェルマン風ポタージュ(豆のスープ)の方が,ゆで卵とマヨネーズよりもずっと見栄えがいいものねと,言う.そんな風に二人で話して笑うんだ.でももう口ケンカをすることもないね.だってサン・ジェルマン風ポタージュを入れる入れ物がなくなっちゃったんだから.(pp.341-342)
なくなったんだから,ケンカのタネも無くなった.一理あります.すると,ニコラが壊したのは,家庭の平和に貢献したことに?ま,それはともかく,
⑤ニコラは部屋に戻って片付け完了.蛇口を閉め忘れたことに気づき,もう一度台所に戻ります.
それで↑では窓の奥で水がジャージャー出ていたんです.もちろん,そこらじゅう水浸しですが,
たいしたことじゃないよ.だってタイルの上だから,明日晴れたらすぐに乾くし,これでママンが床掃除しなくて済むしね.あれは結構疲れるから,ママンは拭き掃除が嫌いなんだ.(p.343)
乾くし,掃除の必要もなくなる.一理あります.
でも,そんな一理も理屈も,全部屁理屈か言い訳と受け取るのが大人の身勝手さ.「褒めてもらえるもの」と思いきや・・・
びっくりしちゃうよね?でも,本当のこと話すよ,ママンは僕を叱ったんだ.(p.343)
あなたはニコラ派でしょうか,ママン派でしょうか.私はどちらかというと・・・
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