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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(126)

« On a apprivoisé M. Courteplaque », HIPN, vol.1, pp.306-313.

 apprivoiserという動詞は,サン−テグジュペリの『星の王子さま』(Le Petit Prince)で,キツネが王子に使う例でよく知られています.キツネによると「絆(関係性)を作る」ことらしいのですが,辞書を引くと「飼い慣らす,手なずける,従順にする」など,ちょっとドキッとするような意味が出てきます.語源からいうと,ラテン語のa+privatus「個人の,飼い慣らされた」から派生していて,フランス語のprivé「個人〔専用〕の,プライベートな」と元々は同じということになります.しかし「自分のものとする」という意味は早々に失われて,「親しくする」というような意味となり,次第に「おとなしくさせる,従順にする」となったようです.でも,本話の題名を「クルトプラックさんを飼い慣らした」と訳してしまうと,何か動物でも手なずけるような感じになってしまいますので,人と組み合わせて,「〜と親しくなる」くらいにしないといけませんよね.クルトプラックさんは野生動物じゃないんですから.この題名に見られるように,日常的なフランス語でも普通に用いられる単語なのですが,その単語に纏い付いている最初の意味(語源)などを知ると,一つの文章を一つの意味(=物語)に限定せずに,たくさんの可能性を把握することができます.自分が読んでこういうものか!と思い込んだ以外にも,もっと他の理解や読み方があるのが文学です.絶対に一つの解釈しかないようだったら,もう最初に読んだ人がいれば,後は誰も読まなくても良いことになってしまいます.だって誰が読んだって一つなんだから.それじゃあ,書いた人も浮かばれません.たくさんの読者がいて,たくさんの読み方ができて,たくさんの人の考え方を変えたり,心の支えになったりするのが,大切な文章でしょう?

 だいぶ話が逸れてしまいましたが,引越し早々,不快な態度で,パパにケンカを売った(?)クルトプラックさんがいよいよ「飼い慣らされた」のでしょうか.1枚目のイラストを見ると,そう思えます.


 どういうわけか,パパとクルトプラックさんが握手し,仲良く互いの肩を叩き合っています.玄関の外側には,和解を示す太陽が燦々と.握手も肩叩きも,複数回しているようで,そんな様子が線に表れています.でも,これが1枚目というのは,(119)でクルトプラックさんがとった冷淡な対応からすると,あまりに唐突です.どうして,いきなりこんなに仲良くちゃったんでしょうか.今回は中位のイラストが6枚もついていますから,イラスト順ではなく,文章の流れに沿って確認してゆきましょう.

 ある日クルトプラックさんが玄関の呼び鈴を鳴らしたので,ニコラの家は騒然となります.何っ!?あの,新しい隣人の,引越し当日無愛想だったクルトプラックさんが・・・.一体何用?これがまずはイラストの2枚目です.ですから,物語的には,この2枚目が本来1枚目でしょう.「トック,トック」.日本語だと,「トントン」か,「コンコン」でしょうか.


 愛想のいいおじさんです.それにしても,文には「呼び鈴を鳴らした」と書いてあったのに,どう見ても叩いています.些細なことですが.

 クルトプラックさんはまずは「ハシゴか脚立」を借りにきました.借りる時は誰でも愛想のいいものです.ところがこれがイラストの5枚目.



 他人に善行を施してあげるときには(いわゆる,「〜してあげる」という上から目線になる瞬間),人は自分の優位を確認するからでしょうか,にこやかなになるものです.パパがいい例.ハシゴを貸してあげて,非常に嬉しそうです.貸してくださいと言いにきたクルトプラックさんにパパは,「もちろんですよ,喜んでお貸しいたしましょう.」(p.306)と上機嫌.クルトプラックさんも,当然のことながら,「有難うございます」とかなり丁重な対応です.パパもさらに「どういたしまして.隣人同士ですから.どうぞどうぞ!」それからママンの方へ向き直って,「お隣さんは人間らしくなったな.もう少し愛想がよけりゃ,ずっと仲良くなれるだろうな.」(p.306)「ずっと仲良くなれるだろうな」という文では,題名にあったapprivoiserという単語が使われています(« nous parviendrons à l'apprivoiser complètement »)直訳すると,「クルトプラックさんを完全に飼い慣らすに至るだろう.」やはりかなり怖い言葉です.

 ややしばらくしてクルトプラックさんは,今度は「フック(鉤)」を探しにやってきます.もちろんパパは大歓迎.「どうぞ物置まで一緒にいらしてください.」すっごく親切です.「何おっしゃってるんですか,お隣同士なんですから.」(p.308)それでママンに,「根っこの部分じゃ,そんなに性格も悪くないんだな.金色の心を持ったクマさんって感じかな.」(id.)

 3度目にクルトプラックさんは「金槌」を借りに来ます.これがイラストの3枚目です.


 パパ,相変わらずにこやかで,今度は手なんて振っちゃってます.「ちょっとお待ちを.今金槌を取りに行ってきますから」(p.309)と,屋根裏に取りにゆきました.それから誰に言うともなく,でも多分ママンに,「かなり感じのいいやつじゃないか.初対面の印象なんて信じちゃダメなんだ.それにあの気難し屋の外見は引っ込み思案の表れだったんだ」(p.310)というと,ママンも乗ってきて,「奥様もだんなもトランプされるのかしら?」と,もう友だち気分.

 さらに非常に低姿勢の4度目の到来で,用件を聞く前からパパは「めんどだなんてとんでもない!お互い助け合わなきゃでしょう.それに「〜さん」なんて,他人行儀はやめてください.」(id.)今度は「掃除機」でした.クルトプラックさんは説明します.


「そうですね.いや実は,我が家の壁にお宅の金槌でお宅のフックを打ちつけたところ,かなりたくさんの漆喰クズを床に落としてしまいまして.妻の掃除機は引越しやが残していった藁を吸っていたら動かなくなってしまったものでして.」(id.)


 ふつーに説明しているようなんですが,気になるところがあります.壁に「お宅の金槌で」,「お宅のフック」を打ちつけたというのですが,当たり前ですよね.先ほど借りていった金槌と,先ほどもらっていった「フック」ですから.なぜ「お宅の」と連呼するのでしょうか.それも「我が家の壁」であるのも言わなくてもわかるのに.それから,掃除機が動かなくなったのは疑おうと思えば疑えますが,それは本当に動かないんだろうとして,どうも「お宅」の道具から出たゴミは「お宅の」掃除機で片付けろと言っているように聞こえるんです.私がひねくれていますか???ともかくもこれがイラストの4枚目です.



  私が抱いた疑問などなんのその,パパは仲良く肩まで組んで,クルトプラックさんを送り出しています.この扉の上の光取りを見ると,1枚目の握手する二人の場面はやはりニコラの家の玄関だったことがわかります.

 でも,私と同じ疑問をママンはほんのすこ〜しだけ感じたようです.「漆喰のクズなんて掃除機で吸って大丈夫かしら?」(id.)ところがもう友だちになったつもりのパパは非常に寛大で気前の良いところを見せます.「友だちが一人できるなら,掃除機の1台くらいダメにしたって構わないさ.」(id.)いよいよ「友だち」の語が発せられました.二人は大の仲良しになる気配が漂いはじめます.これから破局を迎えるわけですが,しかし二人が仲良く和解するという妄想を抱くには十分な準備が整いました.

 クルトプラックさんはハシゴを返しにきます.次は掃除機ですが,これは気前の良いパパがお宅のが治るまでどうぞと勧めるのですが,その時のクルトプラックさんの返事がやはり気になります.


「いえいえ,そんなわけにはゆきません.それはご親切につけ込むというものです.いずれにせよ,未だわらがたくさん残っていたので,家の妻がもうすでに使わせていただきましたよ.」(p.311)


 えっ???本来の目的である「漆喰のクズ」だけじゃなくて,「もうすでに」,ということは断りもせずに,藁を掃除するのに使ってしまったんですか〜.そうですか〜.かなりちゃっかりしてません?

 最後に「金槌」を返し忘れていたことに気づいたクルトプラックさんは,娘のマリ−エドヴィージュに届けさせることを約束します.「もうあなた方も私を見飽きたでしょうから,ね?」それで「パパとクルトプラックさんは二人で大笑いし,がっしりと握手をしてさよならをしたんだ.」(p.312)↑のイラスト1を見てください.感動的な二人の図です.両手も両肩もプルプル震えています.だってもう,(あるいは,もうすぐ?)友だちですから.

 ところがこの蜜月はたった数分しか続きませんでした.

 実は私,かなりハラハラしながらこのお話を読んでいました.パパが親切で気前が良くて,クルトプラックさんと友だちになりたがっている.パパの気分が高ぶっていくのも,ママンとの会話からよくわかりました.クルトプラックさんだって,これだけ親切にして貰えば,要求ばかりして,やっぱりお前とは付き合わないなんて,どう考えても言えないでしょう.それなのに,最後の6枚目のイラストを見ると,二人はすれ違うときに口もきかないのです.これはどうしたことでしょう.そんな話の終わり方は,ここまで盛り上げちゃうと難しいんじゃない?これが私のハラハラの原因でした.一体どんな原因で(=オチで),二人を仲違いさせるのか・・・.


 結局のところ,オチは簡単でした.金槌を返しにきたマリ−エドヴィージュにパパはお駄賃として「飴玉」をあげます.ところがクルトプラックさんはこの飴玉が気に入りませんでした.


クルトプラックさんはパパにすっごく怒っていて,もう口もきかない.

 クルトプラックさんはパパに電話してきていうことには,お昼ご飯を食べる直前に,子どもに飴玉を与えるなんて常識知らずも甚だしい!って.(p.313)


 パパの1日の努力も,飴玉1個でなかったことに.ま,ニコラとマリ−エドヴィージュにはそんなこと関係なくて,相変わらず仲良さそうですけどね.だって,「マリ−エドヴィージュはすっごく可愛くて,もう少ししたら僕ら結婚すると」(p.306)思っているのですから.

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