« La rédaction », HIPN, vol.1, pp.300-305.
rédactionは「文章の作成」や「編集」を意味する語ですが,学校では主に「作文」.というわけで,今回は2枚のイラストを先に眺めれば,まごうことなくニコラの作文のお話.それも男性二人が作文を書いているニコラの傍で睨み合っていれば,言わずもがな.パパとブレデュールさんに違いありません.
1枚目はタバコをふかすパパと作文をのぞき込むブレデュールさん.ニコラとパパの目の形が同じでまごうことなき親子の図です.どれどれと,ニコラの作文をのぞいているブレデュールさんの表情はにこやかで,余裕すら感じられます.二人に背を向けてタバコを吸うパパは,いかにも素知らぬ素振りで,お前になんかできるわけがないだろう,余計なことするなよと.
2枚目はいつものパターンで,互いに張り合い,ケンカ寸前のパパとブレデュールさん.腕まくりして,一触即発状態.手前にパパ愛用の肘掛け椅子が置かれています.肘掛け椅子に腰掛けて新聞を読むのがパパのストレス解消法.無事ストレス解消ができたことはありませんが.新聞を置くためでしょうか,マガジンラックも置かれています.対立する二人を尻目にニコラは一人,宿題に勤しんでいます.賢い子です.この2枚目のイラストは,手前の肘掛け椅子やマガジンラック,奥の椅子や左のサイドテーブルとテーブルライトがアクセントになっていますが,基本的にはニコラの勉強している机とその下に敷いてある絨毯,そして後ろの二人が作る三角形の構図になっています.二人の上方にあるシャンデリアを頂点とした,左右対称の二等辺三角形です.う〜ん・・・.どうもきれいに作りすぎのようで,私はかえって落ち着きません.
パパがニコラの宿題を手伝っているところに,お隣のブレデュールさんがやってきて,宿題をめぐって二人が対立する.これ以外のストーリーを考える方が難しいかも.それでも,『プチ・ニコラ』ですから.そんな風に簡単にまとめられるストーリーではなく,細部や紆余曲折,ニコラの観察とオチを楽しめるように作られています.
パパが「会社でのすっごくキツい一日」を終えて会社から帰ってきます.パパが求めるのはただ一つ.お気に入りの肘掛け椅子に腰掛け,静かに新聞を読むこと.それも「自宅用スリッパ」に履き替えて.フランスでは自宅に帰ってからスリッパに履き替えてくつろぐ人のことをpantoufleurと,やや軽蔑をこめて呼びます.いいじゃないですか,スリッパ.寛げます.私は好きですが,何か?でもきっと,少しすぎたきれい好き,軟弱な男のイメージがつきまとうのでしょう.
パパが休もうとすると,それを妨げるのがニコラの常.それでも優しいパパはいつもニコラの相手をしてくれます.それで相手をしすぎて(?),自分がノリノリになって,最後に自分が困る羽目になる,あるいは失敗したり恥をかくというのがパターンです.ゴシニはよほど威張っている大人の男性を貶めるのが好きな作家のようです.反権威主義,かな.
ニコラの宿題のタイトルは「友情について.あなたの一番の親友について書きなさい」.「あなたの一番の親友」はフランス語ではvotre meilleur ami.meilleurというのがbon,つまり英語でいうgoodの最上級で,定冠詞あるいは所有形容詞の後におけば「最上,最良の,一番仲の良い」となります.最上級の「一番」ですから,一番仲の良い友だち一人を選んで,その人の人となりについて書けば良いのですが,ニコラのカテゴリーでは一人ではないようです.
「僕にはね,たくさんの一番の親友がいるんだよ.その人たちの他はぜんぜん友達じゃないんだ.」(p.301)
「一番の親友」でも一人ではなくて,「一番」ばかりたくさんいて,かつ,その他の人たちは「親友」でも「友だち」でもない.どうやらニコラは「親友」について,かなり独特な考えを持っているようです.ニコラの「親友」の定義を聞いて驚いたパパは,「一番の親友を一人だけ」(un meilleur ami)選ぶように言います.unという不定冠詞をつけてしまうと,最上級の用法ではなくなってしまい,「より良い友だちを一人」となってしまい,かなり奇妙な語法なのですが,ニコラ相手では仕方ありません.
ニコラはまずは「一人」選んで話し始めます.最初はアルセストでした.ところがやはりニコラは理解していません.「アルセストの次は」と,友だち全員の名を列挙し,特徴を話し始めました.「ジョフロワには面白いところがたくさんあるんだ.ジョフロワのパパはすっごくお金持ちで,たくさんおもちゃを買ってくれて,ときどきジョフロワは友だちに貸してあげるんだけど,いつも最後には壊しちゃうんだ.それからウード.ウードはすごく強くて・・・.」(p.301)もうとまりません.パパがびっくりして目を丸くしているのを見て,ニコラは話を止めます.「思っていたより難しくなりそうだ・・・」がパパの感想.そこへお隣さんで,パパのことをからかうのが好きで,いつもパパとケンカをするブレデュールさんがやってきました.珍しく平和的にトランプでもやろうと言うのですが,パパはもちろん宿題優先です.「どれどれどれ」と,ブレデュールさんが宿題をのぞき込んでいるのがイラストの1枚目でした↑.
そこからはいつものケンカと小突き合いが始まります.予想通りの展開です.対立する二人をよそに,ニコラは独り言.
僕はね,自分の宿題は自分一人でやったほうがいいんだってわかったよ.だってね,今やパパとブレデュールさんがしばらくの間,互いに小突きあっていたからね.でもおかげで助かったよ.おかげで居間は静かだったし,すっごくいい作文ができたんだ.僕はね,アニャンが僕の一番の親友だって書いたんだ.あんまりほんとうじゃないんだけど,アニャンは先生のお気に入りだから,先生喜んでくれるじゃない?・・・(p.305)
ケンカをする二人そっちのけで作文に集中するニコラ.これが2枚目でのイラストでした.その後,無事宿題を終えたニコラはママンの作ってくれた美味しいスフレを食べ大満足です.結局,パパの手は借りなかったのです.
蛇足ながら,ママンの作っていたのが「スフレ」(souflé)というのがミソです.皆さん,スフレってご存知ですか?卵の卵白(メレンゲ)を泡立てて,オーブンで焼いた,ふわふわのお菓子で,もう絶品!でも,ふわふわが萎んじゃうので,焼きたてを食べないとダメなんです.ですから,パパは疲れた体を癒せず,イヤイヤながら宿題を手伝う羽目になって,ブレデュールさんとはケンカして,スフレは食べ損ねると,踏んだり蹴ったりの夜でした.
次の日,ニコラは宿題で「すっごくいい点数」をもらってきます.先生のコメントは・・・
「非常に個性的なお仕事でした.テーマも独創的です.」(p.305)
先生のコメントのポイントは「非常に個性的なお仕事」(« Travail très personnel »)です.personnelというのは確かに「個性的」,つまりニコラの個性が滲み出ているという意味なのですが,この語には「個人的,個の,一人がなした」の意味もあります.つまり,先生は「個性的」と褒めてくれたのでしょうが,ここまで読んできた読者にしてみれば,これはニコラが「ただ一人で成し遂げた仕事」という意味に取れるのです.要するに,パパやブレデュールさんに手伝ってもらわない「個人のお仕事」と,先生は見てきたようにズバリと当てたのです.それも「独創的なテーマ」(« sujet original »)と,ニコラの独特な感性を見抜いてくれました.こんな教師になりたいものです.
最初の設定を想い出しましょう.作文のテーマは・・・「友情について」でした.そこでニコラは,いつもの鋭い観察眼を働かせて最後にチクリ.
この友情についての作文事件以来,ブレデュールさんとパパがもう話をしなくなっちゃたのはすごく残念だね(p.305).
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