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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(123)

« La trompette », HIPN, vol.1, pp.286-291.

 ニコラがパパに「ラッパ」を買ってもらって,家と言わず,近所中巻き込んで大騒ぎになるお話しです.このお話は,マンガ版『プチ・ニコラ』*の1つを元ネタにしているようです.

*1955年9月25日〜1956年5月20日に,ベルギーの『ラ・ムスチーク(La Moustique)』という雑誌に発表された,文章版が出る前の作品です.2017年に初めて全話まとめて刊行されました.全部で28話あります.

Sempé-Goscinny(Agostini), Le Petit Nicolas La Bande dessinée originale, IMAV éditions, 2017.

『プチ・ニコラ』の刊本について,詳しくは以下の共著論文を参照してください.


 マンガ版に収録された第1話では,メメらしき人物からおもちゃの太鼓をもらったニコラが一日中叩き続けてパパを困らせ,ついにはお隣のブレデュールさんまで抗議に乗り込んでくる.パパとブレデュールさんがケンカとなり,最後にニコラが「うるさくて眠れないじゃないか!」と,パパとブレデュールさんを一喝するというお話です.以下抜粋を紹介します(ちょっと日本語を入れてみました).


  今回のお話では太鼓が「ラッパ」に置き換わっており,近所中に迷惑をかけるという設定は同じなのですが,最後は騒ぎの元凶であったニコラが,外でケンカをしているパパとブレデュールさんを叱るというオチではなく,ラッパの代わりに太鼓を買ってもらい,次の騒動の予想をさせるところで終わっています.マンガ版は1ページ12コマでオチまでうまくまとめられていますが,個人的にはパパもママンも同様にしっぺ返しをくう文章版のほうが面白いと思います.媒体が異なるので,比較は難しいですが.

 蛇足ながら,「ラッパ」は「トランペット」と同じ語です.イラストを見ると,かなり本格的なトランペットのように見えるのですが,これは子どもが買ってきて練習なしにすぐに音を出せるような楽器ではありませんから,やっぱりラッパでしょう.

 というわけで,文章版に戻りましょう.


今週はたくさんは悪さをしなかったので,パパがお小遣いをくれたんだ.「おもちゃ屋さんに行って,欲しいものを買っていいよ.」それで僕はおもちゃ屋さんに行って,ラッパを買ったんだ.(p.286)


 というわけで,元凶はパパです.もちろんパパはニコラがラッパを買ってくるなんて知りませんでしたし,「ラッパを買ったのか!」と驚き,「小声で」,「予想すべきだった・・・」と嘆いていますから,パパに責任はないのですが,やはり子どものすることは親のせいになってしまいます.ちなみに,「悪さ」(bêtises)という語は,元々「愚かさ,愚かな行い」という意味ですから,「悪」ばかりではなく,子どもが無邪気に無意識にしたこともやはり同じ語で表せます.現にこのお話ではニコラは悪いことをしているとか,みんなに迷惑をかけているなんて,まったく考えていません.文字通り,「悪」気はないのです.

 今回ニコラはおよそ悪意などというものとは無縁で素直でナイーブでKYで,一言で言うと極めて自己中なものの考え方をしています.子どもなんだから,と言ってしまえばそれまでなのですが,いつもは観察とツッコミが多いのに,今回はパパはラッパを吹きたいんだ,ブレデュールさんも吹きたいんだ,ママンはパパがいいことしたと褒めたいんだと,何でもかんでも自分の思い込みで語りを展開しています.ちょっとすぎるくらい.

 それはともかく,パパがしまった!と思った時にはもう遅く,ニコラは思いっきりラッパを吹いて,パパもママンもブレデュールさんも騒がせています.


 イラストの1枚目は左側に汗を拭くニコラがいて.右側は垣根を挟んでいるのでパパではなく,ブレデュールさんでしょう.ママンとケンカをして,ニコラからラッパを取り上げようとしているところに,ブレデュールさんが来て抗議します.「いつまで騒ぎ続けているんだ!」(« C'est pas bientôt fini ce vacarme ? », p.287)ちなみに,このセリフはマンガ版の9コマ目とほぼ同じ文句となっています.イライラしているパパが「お前なんて,お呼びじゃないんだ!」(« On ne t'a pas sonné, Blédur », p.288)と返すと,今度はブレデュールさんが「何〜がしたいんだ,お前さんは.こんなラッパなんて,軍隊以来だ!」と非難し,パパは「軍隊だと?そんなら軍隊に行っちまえ,兵役逃れのくせに!」と悪態をつきます.どうも話が脱線しているんですが,おそらくこれは「ラッパ」が軍隊のラッパの音を想い出させたということなんですが,それだけではありません.パパがブレデュールさんに投げつけた「お呼びじゃないんだ!」という表現ではsonner「人を呼ぶ」語が使われています.この語は他に,「鐘がなる,玄関の鐘を鳴らして人を呼ぶ,ラッパを鳴らす」という意味があります.それで,ラッパ→「呼ぶ」=「ラッパを吹く」→軍隊という連想から,話が軍隊にスライドしたのです.

 パパとブレデュールさんはひとしきりケンカをしますが,ブレデュールさんは「お前の哀れな息子に買い与えてやった,馬鹿げたおもちゃの音なんざ,もうこれ以上聞かせないでくれよな!」(p.289)と,捨て台詞を残して帰ってゆきます.しかし怒りおさまらぬパパはニコラからラッパを取り上げて,わざと思いっきり大きな音を脅かしてやります.これが見事に成功して,ブレデュールさんの奥さんはお皿をみんな割ってしまいました.それでブレデュールさんは仕方なく戻ってきて言います.


ブレデュールさんはパパに言ったんだ.「もうお前の家だけの問題じゃないんだ.そんなおっきな音を出してんだから,近所全体に関わるんだよ!」ブレデュールさんのいう通りだ.近隣の窓という窓からみんな顔を出して,「しーーー!」って言っていた.(p.291)


 これが2枚目のイラストに該当するんだと思います.どうですか?


 確かに近所中,窓という窓から人が怒り顔で覗いています.でも,イラストではみんなが睨んでいる先にいるのは,ラッパをふくニコラです.文章ではむしろ,怒鳴り合いをしているパパとブレデュールさんに「しーーーー!」,つまり静かにしろ!と言っているようなのですが.お気づきでしょう?近所の人たちがパパとブレデュールさんに怒っているというのは,マンガ版の設定と同じですよね.マンガ版ではニコラが一人で住民の役をするのですが.ゴシニ−サンペは数年前のマンガ版で,ほぼ同じ設定でお話を作ったんですから,サンペがそれに気が付かないはずがありません.ですから,サンペはわざわざ,マンガ版とは違う設定として,KYなニコラが知らずに人に迷惑をかけている場面を描いたのではないでしょうか.ここだけ見るなら,ケンカしている二人に非難が集中するマンガ版の設定(=文章の設定)の方が面白いのですが,サンペはそう描きたくなかったようです.

 最後にラッパの取り合いをしたパパとブレデュールさんが壊してしまいます.それでニコラが大泣き.きっとこの泣いている声も,窓から覗いている住人たちの怒りをさらに駆り立てたに違いありません.ラッパが響く,大ゲンカの声がする,ママンは泣いて実家に帰るという,ニコラは泣き叫ぶ・・・もうこの大「騒」動(大騒音?)を収めるには,ニコラに別のものを買い与えてやるしかありません.

 

それでね,ぜんぶ丸く収まったんだよ.ママンがくれたお小遣いでね,僕は太鼓を買ったんだ.でもラッパと同じくらい面白いかどうかは分かんないよ.(p.291)


 ラッパが太鼓に代わる・・・.心配しなくても,同じくらいの騒動を起こして十分に楽しめそうです.


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