« Les dames », HIPN, vol.1, pp.278-285.
題名の横に2枚目のイラストから抜粋されたマリ−エドヴィージュちゃんの走っている姿が貼り付けられていれば,なぜ題名は「女性たち」と複数形なの?と,当然思いますよね?よね?よね?・・・ところが文を読み進めていくうちに,これはjeu de damesのdamesなのかと思わされるのですが,オチのところで実はやっぱり「女性たち」か〜と,どんでん返しに驚ろかされる,そんなお話です.
まず,今回の主役,あるいは準主役のマリ−エドヴィージュはブレデュールさんの反対側のお隣さん,クルトプラック家のお嬢さんでした.(119)でニコラの家の隣に引越してきた一家です.引越しの日にパパとケンカをして以来,どうも親同士はギクシャクしているようで,あまり付き合いがない.加えて,マリ−エドヴィージュはピアノを始め,たくさんの習い事をしているためあまり会えないようです.ところがある日,ニコラは庭で遊ぼうとオファーを受けます.喜ぶニコラ.しかし甘〜い.相手はニコラの数枚上手.それはすでに「でんぐり返し」(119)で証明済み.しかしそれに気づかないところがニコラの良いところ,KYなところ.遊びにゆく許可を求めるニコラに,ママンは言います.
「いいわよ.でもね,ニコラ.お隣の可愛いお友だちには優しくしなさい.ケンカなんてしちゃダメですからね.クルトプラックの奥様は小さなことでもすごく気にするの.だから,あなたがこうした,ああしたと言わせちゃダメよ.」(p.278)
そう言われても,ニコラはいつも通り,うん,分かったと駆け出してゆきます.この状況を理解しない素直さかKYぶりがニコラらしいのですが.
1枚目のイラストを見れば,最初の遊びがわかります.ズバリ,お医者さんごっこ.
敵のミサイルにやられて負傷したニコラを,看護婦のマリ−エドヴィージュが介抱する遊びのようです.ニコラは吹き出しの中で,マリ−エドヴィージュはイラストで,二人ともにコスプレしています.そんな角度と速度で爆撃されたら,怪我する前に死んでるって.この遊びはあんまり面白くなかったようです.ニコラの介抱をする振りに飽きたマリ−エドヴィージュちゃんは,次にかけっこを提案します.これはニコラの得意技の一つ.「すっごく足が長くて,膝がでかい」メクサンを除けば,100メートル走では誰にも負けないそうです.一番に木にタッチした人が勝ち.用意,スタート!
「一,二の,三!」でスタートするはずが,マリ−エドヴィージュは木の近くまで行ってから,「一,二の,三!」と合図をしたので,ニコラが勝てるはずもありません.確かにイラストではマリ−エドヴィージュは嬉しそうに駆け出し始めていますが,ニコラは用〜意・・・の姿勢のまま.勝てっこないでしょ,これじゃ.それでニコラがルールを説明するのですが,「家の庭だから,あなたよりほんの少し前に私をスタートさせてね」(p.281)と,押し切られ,またもや敗北です.マリ−エドヴィージュちゃんは,次はペタンクを提案します.これもニコラの得意の一つでした.実はこうやって,わざとニコラの得意技を提案してゆくところが,マリ−エドヴィージュちゃんのあざとい戦略なのです.自分の得意な競技だから,次こそは勝てるとやる気にさせといて,別のルール(あるいはインチキともいう?)で相手を負かし,やる気を失くさせる.見事な戦術です.
ニコラはかつて,ペタンク*でパパとお隣のブレデュールさんを負かしたそうです.二人は子ども相手に真剣にやれるかと,笑いで誤魔化したそうですが,本当に勝てなかった模様.ですからニコラはペタンクには相当の自信があるのです.
*ペタンクはフランスで特に高齢の男性に人気のあるゲームで,目標の球めがけて持ち玉を投げ,近くまで寄せて得点を競います.ペタンクの球は野球ボールと同じくらいの大きさですが,金属製でずっしり重いため,何か凶器というか鈍器のよう.それでいつも私は「ペタンク殺人事件」なんてアホな想像をして,一人,可笑しくなってしまいます.実際にニコラたちが用いたのは色とりどりの木製のボールだったようですが(p.282).
ところがニコラが一回しか投げないのに,マリ−エドヴィージュは「すべったわ」とか何とか言って,何度も投げる.まるで負け将棋で待ったを繰り返す人のよう.それでニコラは面白くも何ともない.もう帰りたくなってしまいます.
真剣そのもの,というより「面白くない」がニコラの表情に表れています.イラストでは蝶を眺めている様子のマリ−エドヴィージュの左足が球を蹴飛ばして,目標玉近くに寄せています.あっ!ズルだ!!!う〜ん・・・.手段を選ばないその姿勢はむしろ潔いかも.それで癇癪を起こしかねたニコラを見て,マリ−エドヴィージュは部屋からおもちゃの箱を持ってきます.次はトランプ.
マリ−エドヴィージュの教えてくれたゲームはすっごく難しくて,僕にはよく理解できなかった.まずマリ−エドヴィージュがお互いにカードを配るでしょ.それでマリ−エドヴィージュは僕のカードは見てよくて,それで僕の手持ちと交換するんだ.そのあとはバタイユのルールとちょっと似ているんだけど,実際はもっともっと難しくて,例えばね,三があったんだけど,マリ−エドヴィージュは僕の持ち札からキングを取っちゃったんだ.どうやらダイヤの三はスペードのキングより強いらしい.僕はマリ−エドヴィージュが教えてくれたこんなゲームはバカらしいと思い始めたんだけど,グッと堪えて何も言わなかったんだ.だって,クルトプラックのおばさんが窓際にいて,僕らが遊んでいるのを見ていたからね.(p.284)
気がつきましたか?ここは映画版で用いられたセリフそのままです.映画では相手のカードを見ようとしてニコラがぴしゃんと手を叩かれていました.すごくうまく映画に取り込んでいましたね.
しかしルールも理解できず,これで勝てるはずもない.ニコラの方から,「別のことをしよう」と言い出します.そこで最後に登場するのが,jeu de damesです.直訳すると,「ご婦人用ゲーム」とでもなりそうですが,実はこれは固有名詞で,「チェッカー」とか,「ドラフツ」と呼ばれるゲームの名前です.「西洋碁」とも言われるそうで,ボードの上に2色の駒を並べ,相手の駒を取ったり.駒が動けないようにするそうです.オセロに似ていますかね.ここではチェッカーとしておきましょうか.
チェッカーと聞いてニコラは飛び上がります.なぜならニコラはチェッカーなら「チャンピオン!」今度ばかりは,ルールも把握しているどころか,いわば十八番ですから,ポンポンと簡単に駒を取ってしまいます.すると,マリ−エドヴィージュは顔を真っ赤にして,「今にも泣き出すといったように顎をしゃくり,目に涙を溜めたかと思うと,すっくと立ち上がり,足でボードを蹴飛ばして,『ずるっこ!もう顔も見たくない!』と怒鳴って帰っちゃった」(p.285)そうです.ニコラ,ショーク!の前に,唖然茫然.
それで帰ってからママンに一部始終を聞かせると,
ママンは目を上げて,ダメねえと頭を横に振って言った.
「やっぱりパパの子ね,あなたは.あなたがた男性はみんな似たり寄ったり.ゲームが下手なんだから!」(p.285)
ニコラにしてみれば,ゲームに勝ったというのに,「ゲームが下手」と言われると何が何だかわからなくなったことでしょう.「ゲームが下手」というのは原文ではdes mauvais joueursで「遊びの下手な人」,すなわちゲームをしていても負けてばかりいる人を指すのですが,ママンが言いたいのは「男性」一般が「ゲーム下手」ということです.だから複数形になっています.表面上は,そういう時には女の子に花を持たせてあげるものよ,わざと負けてあげるのよと諭しているようですが,実際のところ,ママンの発言はjeu de damesのdames「女性」とvous les hommes「あなたがた男性」を対比させた言葉遊び(ダジャレ)となっているのです.それで「ご婦人用ゲーム」だから「ご婦人」damesが勝つのは当たり前,男性が勝つのはルール違反というわけで,勝っちゃったら負けなのです.そこに男性としての嗜みも匂わせた,気の利いたセリフと言えるでしょう.
ママン(女性?)には勝てません.
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