« Les nouveaux voisins », HIPN, vol.1, pp.257-263.
「新隣人」あるいは「新しく来たお隣さん」.ニコラ家の隣人さんといえば,言わずと知れたブレデュールさん.あの,パパを揶揄うのが好きで,パパとケンカばかりしている人です.いつもこづきあったり怒鳴りあったりしていますが,仲が悪いわけではありません.二人の間にはちゃんとコミュニケーションがあります.ニコラとクラスメートたちも,よくケンカをしますが,必ず「友だちなんだ」という一言で終わっています.そんなものです.反対に口を聞かなくなったり故意に無視したりするようになったら縁が切れた証拠で,付き合いがなくなるどころか,果ては憎しみにまで発展することも.誰が相手でも,そうなったら,哀しいと思います.
さて,ブレデュールさんの反対側に越してきた新しい隣人さんはどんな人たちでしょうか.
これまで何度か指摘してきましたが,『プチ・ニコラ』シリーズは最初に単行本化された5冊からしてすでに,それ以前に雑誌等に掲載されたお話から選ばれた選集です.また2004年以降に刊行された『未刊行集』3冊も,全く未刊行の作品か,あるいは最初の選集から漏れたお話を寄せ集めた作品集です.これら計8冊に収録されたお話のほとんどは,最初はいつ,どこに掲載されのか,今のところよくわかっていません(そんな情報を掲載しているインターネットのサイトもちらほら見かけますが,確認が取れませんし,それで確証できません).ですから,このお話もいつ発表されたお話なのか分からないのですが,実はここでの「新しい隣人さん」はすでに(58)や(68)で登場しています.そうです,ニコラが近い将来結婚すると思い込んでいるマリ-エドヴィージュちゃんのいるクルトプラック家です.映画とか小説だと,回想シーンとかで,昔の場面や想い出が語られることがありますが,そんな風に隣人が引っ越してきた昔を想い返しているわけでも何でもなさそうです.単に,発表年代と収録順が一致していないだけでしょう.
さてお話に入ると,ブレデュールさんの反対側の家が売りに出ていました.それでパパは確固たる目的を持って,せっせとゴミを投げ込んでいたようです.
パパは空き家であるのをいいことに,誰もそのお家に引っ越してこないようにと,生垣ごしにうちの庭の枯葉を投げ込んでいたんだ.それに時には,紙屑とかいらないものとかもね.(p.257)
パパの行動や言動は裏目に出る.その結果は因果応報,必ずパパに返ってくる.これが『プチ・ニコラ』の法則です.それでいつものパターンを期待しながら,唯一のイラストを眺めると・・・
大判のイラストは色々な物語が描き込まれていて,いつも細部まで期待しながら読むのですが,今回は1枚だけで,それも2ページに跨って掲載されていますから,「自炊」でもしない限り,真ん中がどうしても上手くスキャンできません.今までの文庫本は思いきり開くと頁が外れてしまっていたので,結果的に自炊と変わらない状態になっていたんですが,この「白ニコラ」は600頁以上あり,辞書のようにしっかり装丁されているので,どうしても真ん中が写りません.解体するとその後読みにくいし,本を紙に戻してしまうのがどうも忍び難く・・・.不平はこれくらいにしておいて,一番奥に「DEMENAGEMENTS VAN DEN PLUIG(引越し運送 ヴァン・デン・プリュイ」」と書いてある車が止まっています.荷物をたくさん積んでいるので,引越し屋さん車であることは一目瞭然でしょう.車から荷物を下ろして運んでいる人が5人.クルトプラックさんのお家は見えませんが,引越し屋さんたちの足取りと車と門の位置から,左手前であることがわかります.鳥籠を手に,大きなクロゼットを運んでいる引越し屋さんに声をかけている女性はクルトプラック夫人でしょう.ニコラのママンによれば,「あなた〔パパ〕,見た?お隣の奥さんたら,あんなにゴテゴテ着飾って.まるでカーテン着込んじゃってるようね.」(p.258)これに対して,パパもかなり意地悪な返答をします.「ほんとだな.それに奴らの車と言ったら,俺のより旧型じゃないか.」敵意剥き出しです.新しい隣人さんがいないところでは.
そしてちょうどこの引越しの日は雨ふりでした.そう文章には書いてあります.それなのに,引越し屋さんは庭に荷物を広げちゃって大丈夫なんでしょうか.右手奥の方では小さな女の子とニコラが向かい合っています.もちろん,マリ-エドヴィージュです.パパは「一目惚れですな」(p.262)なんて冗談を飛ばしますが,これもクルトプラックさんには気に入らなかったようです.でも,垣根越しに見つめ合う二人はやはりキュートです.この後ニコラは照れ隠しに「でんぐり返し」(galipette)をしてみせます.邦訳では「とんぼがえり」となっていますが,この後失敗したわけでもないのに服を汚してしまうと書かれているので,イメージとしては手と背中を地面につける「でんぐり返し」の方が良さそうな気がします.雨が降っていて下がぬかるんでいるのもポイントです.ニコラは泥だらけになったはずで,それでママンに叱られるのです.
それからこの場面,ニコラは「こんなこと,できる?」と自慢げにでんぐり返しをして見せるのですが,それを見たマリ-エドヴィージュはすかさず,「前に住んでいたところには,3回連続ででんぐり返しができる子がいたわ」と返します.即座に比較対象を示し,競争心を掻き立て,自分の言いなりにするなんて,なんて戦略的な女性なのでしょうか!もうこの一言で,ニコラとの上下関係が決定してしまったのです.恐るべし.
イラストに戻ると,最後に一番手前の情景を見ましょう.マリ−エドヴィージュとニコラの位置関係からして,クルトプラック家はニコラ家の左隣に位置します.すると,生垣の左側でニコラの家にせっせとゴミを放り込んでいるのがクルトプラックさん(父)で,右側で怪訝な顔をして立ち尽くしているのがニコラのパパとなります.引越してきて早々に,ケンカを売っているようです.仲良くする気ゼロですな.
クルトプラックさんはニコラと話していたマリ-エドヴィージュにお母さんの手伝いをするようにと,家の中に入れてしまいます.それを聞いていたパパが「ニンマリと笑い顔を浮かべて」近づいていきます.だいぶ友好的な感じに思えるのですが,クルトプラックさんはそうとらなかったようです.
パパはニンマリと笑い顔を浮かべながら生垣に近づいてきた.
「まあまあ,子どもたちのことですから.たぶん一目惚れですな.」
クルトプラックさんは笑いもせずに,また眉を動かした.
「あんたが新しい隣人か?」クルトプラックさんが聞いてきた.
「いやはや,正確にいうと,あなたの方が新しい隣人でしょうな.」と,パパが笑いながら返した.
「ああ,そうなるな.それでな,もうこれからは生垣ごしにゴミクズを捨てんでくださらんかな?」
パパから笑いが失せた.パパは大きく目を見開いた.クルトプラックさんは続けて言ったんだ.「まったくな.うちの庭はおたくのゴミ置き場じゃない!」この言葉が癪に触って,パパが返した.「おいおい,そんな態度はないじゃないですか.引越しでお気が昂っておられるようですが,それでもそんな態度は・・・」「お気など昂ってはおらんわ!どんな態度だろうとこっちの勝手だ.あんた揉め事をおこしたくなかったら,こちらの庭をゴミ箱扱いせんことですな.まったく,信じられんわい!」それを聞いてパパが叫んだ.「そんな横柄なものいいがあるのか!あんな旧型のボロ馬車乗り回して,家具もぼろぼろのくせして.まったく冗談じゃない!」それを聞いてクルトプラックさんが言い返した.「そうですか,そうですか.それならな.どれどれ.おたくからの借り物はおたくにお返ししますかな.」そう言って,クルトプラックさんは身を屈め,うちの庭に枯葉やら紙ゴミやら3本の空き瓶やらを投げ込み始めた.それでバタンと家の中に入ってしまった.(p.263)
子どものケンカかぁ!周りから聞いていると(=読んでいると),思わず大人気ない二人の言い争いに,そう叫びたくなりますが,ともあれ,言いたいことは言う,気に入らないことはすぐに表明する,口は悪い,文句を垂れる・・・これがフランス人ですから仕方ありません.ここの場面だけだと,確かに友好的に接しようとしたパパに対して,クルトプラックさんの調子はちょっとキツすぎるようにも思えるのですが,お話の冒頭ですでにパパが未だきていない隣人いじめ(?)のように,ゴミを放り込んで,誰も住めないようにしていましたし,ママンと一緒になって,知りもしない新しい隣人の悪口も言っていましたし,やっぱり因果応報.お互いさまって感じでしょう.
パパは意味不明な(?)仕打ちを受け,ショックで口をあんぐり,立ち尽くしてしまいます.救いを求めるのは,やはり旧知の隣人であるブレデュールさん.ブレデュールさんも,何故か雨の降るなか,外で車を磨いていました.二人のやりとりを細大漏らさず聞いていたブレデュールさんは,珍しく話しかけてきたパパに一言,「新しい隣人ができると,俺なんていないようなもんだからな!へぇ,へぇ,よくわかりましたよ.」(p.263)と言って家に駆け込んでしまいます.
そんな様子を見ていたニコラの感想は.
「ブレデュールさんは羨ましかったみたいだね.」(id.)
「みたい」じゃなくて,「羨ましかった」んでしょう.相変わらず,ニコラの観察は鋭い!
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