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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(118)

« Je fais des tas de cadeaux », HIPN, vol.1, pp.246-253.

 「僕はたくさんプレゼントする.」もしくは,物語の中で用いられる現在形と捉えれば,「僕はたくさんプレゼントしたんだ.」と日本語では過去のように訳すこともできるでしょう.題名の左横には,2枚目のイラストから抜き出した,両手にたくさんのプレゼントを抱えたホクホク顔のママンが置かれています.ということは,やっぱりニコラが「たくさんの」(des tas de...)プレゼントをしたんですね?どこからそんなお金が出てきたんでしょうか.だって(74)で10フラン札を使おうとして使えなかったんですよー.(8)でも,ママンへのプレゼントの花束を買うのがやっとでした.それはともかく(74)を想い出して,ニコラにとって「10フラン」が使いきれないほどたくさんだったというのは覚えておきましょう.今回のお話にも関わるところです.

 ある朝パパは,ウジェーヌおじさんから手紙を受け取ります.このお話は「白ニコラ」の第四章の最後に置かれていますが,編集者がこの章を「ウジェーヌおじさん」と名付けていますので,ここのところよく登場します.あの冗談好きで,よく笑い太っていて,行商の旅をしている,パパと大の仲良しの兄弟です.兄か弟かは結局,どの話を読んでもわかりません.それで手紙の中身はというと,何と10フラン札!またもや,です.何でも,「ニコラが美人のママンにプレゼントを買ってあげるように,10フラン札を同封します」(p.246)だそうです.それで,ママンは「ほらまた,変なこと思いついて〜.」(« En voilà une idée ! »)と呆れ顔.あの(70)でも連発された,かの有名な,ママンの口から出る「考え」です.プレゼント貰えるんだから,素直に喜べば良さそうなものですが,そうもいかず一瞬不穏な空気が流れます.


「なんでそんなこと言うかなぁ.」と,パパが返した.「俺はね,君とは反対に,グッド・アイデアだと思うがね.ウジェーヌはね,俺の方の家系の男子はね,例外なくすごくおおらかで気前がいいんだ.もちろん,俺の家族のこととなると君は・・・.」(p.246)


 ここの「俺の方の家系の男子はね,例外なく」(« comme tous les hommes de ma famille »)というのが重要なポイントです.特にこの「男子」と「例外なく」を逆手にとって,お話の終わりにママンはパパをやり込めてしまうのですから.

 ママンはとにかく,「パパの方の家系の男子」より上手です.つまり,ニコラよりも,ウジェーヌおじさんよりも,そしてパパよりも.まずは木曜日の午後(学校はお休み),ウジェーヌおじさんから(ある意味)せしめた10フランでプレゼントを買わせようと,ニコラを連れてデパートへ出かけます.最初は10フランで買えるものをと,スカーフを手に取りますが,これが12フランで2フラン足らない.それで諦めかけたのに,ニコラの強い主張で買うことに.足りない分は,何と気前よくママンが出してくれました.気前がいいのは男子だけではなさそうです.とはいえ戦略的なママンのこと.そう簡単ではないのです.


ママンは僕をマジマジと見てから,店員さんに目をやり,微笑んだ.店員さんも微笑んだ.それからママンが言ったんだ.

「いいわ.それなら,こうしましょう.いい,ニコラ?足りない2フランは私があげる.それで私にこのきれいなスカーフを買ってくれるわね?」(p.251)


 ママンの「微笑み」が気になります.何を思いついたのでしょうか.ママンはおもむろにバックを開け,2フランをニコラに渡します.


「お支払いは殿方がしますわ.」と,ママンが言ったんだ.

そう言うと,店員さんとママンは笑った.僕はね,すっごく誇らしかったよ.(p.251)




 「お支払いは殿方がしますわ.」(« c'est monsieur qui paie »)が少し気になったのは,このばでなら,「この男性の方(=ニコラ)」(ce monsieur)としそうなところだからです.強調構文でqui...で直前の名詞を限定しているのですから,指示形容詞(ce)がついても不思議ではないし,その方が冗談っぽく響くはずです.ところが,ここで冠詞抜きで一般的な「殿方」(ムッシュー)を用いたのは,まさにママンの戦略の表れだったことが最後にわかります.

 イラストではニコラがいかにも「誇らし」気です.店員さんも,「なんて愛らしいお子様ですこと!」とリップ・サービス.本当に可愛らしいですが.それはともかく,ママンの手には既に包みが幾つかあるのが気になります.プレゼントは一つではなかった!?

 次にママンとニコラは「婦人用のブラウス」を買いに行きます.ここでもママンは意味深な発言をしています.


「でも,僕もうお金ないよ.」

ママンはほんの少し微笑んで,「心配いらないわ.何とかするから.」と言ったんだ.(p.251)


 やはり「微笑み」が気になります.それも「何とかするから」(« on s'arrangerait »)の主語はon.つまりママンは自分が何とかするというより,(自分を含むかもしれませんが)「誰かが何とかする」と言っているのです.う〜ん,誰がどうお代を捻出するというのでしょうか.

 ブラウスの売り場かどうか定かではありませんが,2枚目のイラストもニコラが支払う場面です.


 相変わらず愛想のいい店員さん,ニコニコ顔のママンの手にはさらに包みが増えています.背後にはエスカレーターで上がるご婦人方の姿が見えますが,皆さん例外なく,たくさんの包みを手にしています.やっぱりデパートって,消費社会の象徴なんですね.買い物はルルル,女の楽しみ♪〜デパートはルルル,女の楽園♪〜.こんな詩が出てきそうなのは,19世紀末〜20世紀の半ばくらいまででしょうか.ゾラの世界ですな.

 さて3枚目のイラストは,もうとっくのとうに有り金全てを使い切ってすっからかんのはずのニコラ.でも,どこか気前の良い旦那風の佇まいを見せています.


 でも,物を買わなければ,店の人も微笑んでくれません.ちやほやもしてくれません.少し寂し気です.いくら内ポケットを探っても何も出てこないのです.でも,ニコラはずっと,ママンに「買ってあげている」気でいます.


僕はさらに,手袋とベルトと靴をママンに買ってあげたんだ.(p.252)


 ニコラはだいぶ疲れていますが,それでも喫茶店の「チョコレート」につられて,最上階までお付き合いします.



 エスカレーターを上がってくる二人.ママンの顔の左右にはたくさんのプレゼントが.

 ところが!です.最後のおやつだけは,「殿方」が払いません.


おやつはね,ママンがどうしても払うって言ったんだよ.(p.252)


 それでだいぶ遅くなってから帰宅すると,もうパパが帰ってきていました.


「どうだった,どうだった?随分と時間がかかったなぁ.それでニコラ,ママに一つ,いいプレゼントを買えたか?」

「うん!いいものをいっぱいね.僕が全部払ったんだ.店員さんはみんなすっごく親切にしてくれたよ.」(p.253)


 それを聞いたパパがママンを見ると,包みがいっぱい.目を大きく見開いてびっくりしているところですかさずママンが言います.


「あなたの言う通りだったわ.あなたの家系の男性は例外なく気前がいいのよ.ニコラをはじめとして.」(p.253)


 ニコラは「買ってあげた」気になっていたのですが,本当のところ支払いは「殿方」,それも「あなたの家系の男性」,具体的にはニコラとパパ,つまりニコラは最初の一つだけなので,あとは全てパパが買ってあげていたのですね?!そりゃ「気前がいい」.そう聞いても,パパは反論できません.だって自分たち男性陣は「例外なく」気前がいいと発言したのは自分ですから.ちなみに,「あなたの言う通りだったわ」という発言には,「私は白状しなければならない」とついていて(« Je dois avouer que tu avais raison, chéri. »),まるで自分の非を認めているような言い方なのです.あなたがたが「例外なく」気前がいいと言うのを認めなかったのは,私〔ママン〕が悪かったわと.

 ようやくママンの戦略に気がついたパパはため息をついて,いつもの肘掛け椅子に崩れ落ちます.負けたボクサーのよう.それで潔く,自分の負けを認めるのです.


「ニコラ,本当だよ.お前のパパの家系の男子にはいいところがたくさんあるんだ.でも,こと(駆け引きに関しては),お前のママンの家系の女子から学ことがまだまだたくさんあるんだよ.」(p.253)


 完敗ってところでしょうか.パパが次に勝てるチャンスはあるのか・・・.




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