« La tarte aux pommes », HIPN, vol.1, pp.234-239.
「りんごのタルト」・・・が,食べられないというお話です.可哀想に.人間,努力しても報われないことってあるものです.しかも,およそ原因は自分にないのでは救われませんが致し方ない.泣いてもわめいてもりんごのタルトは出てこない.怒っても怒鳴ってもりんごのタルトはどこへやら.でもだからこそ,りんごのタルトが食べられたときには,実は奇蹟で,喜びも幸せもひとしお.有り難く美味しく味わうこともできるのです.食べれば無くなり次の奇蹟を待つしかないので寂しいでしょうが.
お昼を食べた後でママンが言ったんだ.「今晩の夕食後のデザートには,りんごのタルトを作りましょう.」それを聞いた僕は「やったー!」と叫んだ.でもパパが,「ニコラ,午後は家で仕事をしなきゃならないんだ.夕食までおりこうさんにしていてくれよ.いい子じゃなかったら,りんごのタルトはおあずけだよ」だって.(p.234)
というわけで,ニコラ,りんごのタルト獲得に向けて全集中です.アルセストが遊びに来てもパパの邪魔をさせないようにしますし(イラスト2),部屋で一人で遊んでいる時も,本を読んだり,本にいたずら書きしたり,いたずらが書きしたところを見つかって叱られないように頁を破いたり,鏡の前でしかめ面をしたり(イラスト1,3,4).とにかく「おりこうさん」にするよう,必死で努力します.その辺,まとめて紹介.まずは遊びにきたアルセスト.
アルセストはりんごのタルトと聞いて舌なめずり.是が非ともご相伴にあずかろうと,夕食への招待を要求.ニコラが必死で止めて諦めますが,次のビー玉遊びで負け続け.そりゃ物を食べながら片手でゲームじゃ勝てっこありません.にもかかわらず,ニコラがズルしたと弾劾.なんて奴だ!騒がれたくないニコラは戦利品のビー玉を返してお手打ち.でも仲良しな二人.「僕はアルセストが大好きなんだ.友だちだからね.」(p.236)
いたずら書きのイラストはないので,次は鏡の前での一人遊びです.
イラストの1枚目は題字の横の辺な顔.リュフュスに教わったとかいう,「耳をつまんで上に持ち上げ,目の下を引っ張って下に下ろすと,ほら,犬みたい」のポーズでしょうか.似,似ている・・・かも?!イラストの3と4はひたすら一人「しかめ面」遊び.
それにしてもでかいクロゼットだなぁ.こんなに高くちゃ,おもちゃもとれないのでは?
子どもは遊びを発明するのが上手.とはいえ,これって面白いの???でも,声を出してはいけないので,頑張ってます.
さて,アルセストと別れてすぐ,ニコラは本にいたずら書きをするのですが,その後,「しかめ面」遊びの前に,色々おもちゃが登場します.これが『プチ・ニコラ』の愛読者にはピンとくるものばかり.ちょっと見てみましょう.
僕はクロゼットを開けておもちゃを眺めた.〔あらっ?おもちゃはクロゼットの上↑では???〕電動式の電車で遊ぼうと思ったんだけど,前に電車からバチバチって火花が出て,家中の明かりが消えちゃったことがあったんだ.それでパパが僕にすごく怒ったんだよ.その後であかりをなんとかしようと,パパは地下に行って,物置の階段で滑って転んじゃった.(p.238)
これ,1955〜56年に連載されたマンガ版『プチ・ニコラ』のお話です.
電車が動かなくてパパが修理していたところでショートして,地下室にヒューズを上げに行くというお話でした.マンガ版は2017年にまとめて刊行されました.このお話はp.15に掲載されています.
次は飛行機のおもちゃです.
〔クロゼットには〕おもちゃの飛行機もあったよ.翼が赤くて,ゴムのぜんまいで動くプロペラのついたやつさ.でも飛行機で遊んでいて青い花瓶を壊しちゃって,大騒ぎになったんだ.(id.)
赤い翼の飛行機,青い花瓶・・・「ピンクの花瓶」は(113)でパパが壊しちゃったやつでした.(24)でも,パパのお気に入りの花瓶として登場します.すると,「青」は初登場かな.赤い翼の飛行機は(10)でルイゼットちゃんに投げられてしまったもの.
次は独楽(コマ).
コマはすっごい音がするんだ.パパとママンが誕生日にくれたやつで,「聞いてごらん,ニコラ,このコマはきれいな音がするんだよ.」それから僕がコマで遊ぼうとするとパパは,「そんなひどい音を立てるな!」って怒鳴るんだ.(id.)
「きれいな音」と言ってプレゼントしていながら,耳障りだと「そんなひどい音」と叱りつける.ニコラは素知らぬ顔して,そんな大人に皮肉をぶちまけているわけです.このコマはパパの会社の社長さんからのプレゼントとして,映画版第一作目でも登場しました.確かにすごい音がしてました.(76)でメメからのプレゼントとして「音のなる独楽」が出てきていました.もちろん,パパの平穏を乱すための,メメなりの工夫(これはちょっと意地悪な深読みですが).
最後に毛を剃られた可哀想なクマのぬいぐるみ.
それにもちろん,クマのぬいぐるみがあったよ.半分だけ毛を剃ったやつね.全部剃り終える前に,パパの髭剃りが壊れちゃったんだ.でも,くまさんなんて子どもだましのおもちゃさ.もう何ヶ月も前から飽きちゃったよ.(id.)
半分毛のないクマさん.(114)に出てきて,危うく入浴の難を逃れたやつです.
さて,お話に戻りましょう.涙ぐましい努力の結果,ニコラは見事合格.パパにも認められて,いざりんごのタルト,否,夕食へ.「男性陣はお腹ペコペコ,男性陣は美味しいものが食べたい,男性陣はりんごのタルトをお待ちかね♪」と,パパもかつてないほど上機嫌.そこで最後の5枚目のイラストをみると・・・
あ〜上機嫌だったパパの顔が曇っています.原因はもちろん,台所から来る黒い煙.
それで結局デザートはなし.オーブンでりんごのタルトが焦げていたからね.(p.239)
今回ばかりはパパも悪くない.いつもの自慢とか,偉そうな態度へのしっぺ返しでもなんでもありません.結局のところ努力は報われないもの,期待は裏切られるもの.何事も思い通りにはなりません.そんなちょっとほろ苦い人生訓でしょう.
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