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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(114)

« Flatch flatch », HIPN, vol.1, pp.220-225.

 題名の語flatch.大きい辞書小さい辞書ネットの辞書と色々調べてみたんですが,出てこないんですよね.wikiさんにもおすがりしてみたんですが,Fの項目にもありません(vu le 6 septembre 2021).

シャルル・ノディエの19世紀の辞書(1808)なんてものも,今は便利な時代で,Gallicaからダウンロードできてしまうのですが,もちろん記載がありません.でも案ずるより産むが易し.文を読めば,多分皆さん,同じ訳語が思いつくはず.

 ママンがニコラをお風呂に入れようとして,ニコラが嫌がります.そこへパパが帰ってきて,理由を聞きます.ところで,なぜ子どもはお風呂を嫌がるのでしょうかね?大人になると,かなりの割合で,お風呂好きになるのですが.それはさておき.


それで僕はお風呂なんて嫌だって言ったんだ.「お風呂なんて全然気持ちよくないよ.ママンが僕の顔をflatch, flatchスポンジで洗うし,目にも鼻にも石鹸を入れちゃうもんだから,目が染みるし,それに今日はそんなに汚れてないんだ.明日は絶対に入るよ.今晩はあまり具合も良くないんだ.」(p.220)


 何だかんだ理由をつけて反対しています.今だったらシャワーキャップとかあって目は染みないでしょうが.ま,それはともかく,flatch, flatchは「ゴシゴシ」でいいですよね?!

 パパはそんな理由ならと,ニコラが一人でお風呂に入ることを提案します.心配なのはママン.「そんなとんでもない!まだ小さすぎるわ.一人でなんてお風呂に入れるはずがない.ちょっと〜・・・.」(p.221)とかなりの抵抗ぶり.フランス語にはmère poule(「過保護な母親」)という表現がありますが,ここでママンはその典型.でも,この後,ニコラがお風呂に持ち込むものを列挙する場面を読んでいたら,ママンの心配もあながち的外れではなさそうです.ニコラはノリノリですが.


僕だって一人でお風呂に入れるんだ!だってさ,もう大きくなってから2回も誕生日があったんだよ.それにスポンジだって,顔の下の方じゃなくてさ,周りをゴシゴシやるしね.そうと決めたら早速,僕はお風呂に持ってゆくものを部屋に取りにいった.小さな帆船でしょ.帆は無くなっちゃって残念だけど,いつか直すんだ.それにえんとつとスクリューのついた鉄でできた船.お風呂には浮かないけどね,映画で見たみたいな船を沈ませる遊びにはもってこいだ.映画では乗客全員が助かったよ.船の船長さんは海に飛び込むのを嫌がったけど,それでも最後は助けられた.ま,船長さんみたいなかっこいー制服着てたら,僕だって飛び込みたくなかったよね.

 それからちっちゃくて青い自動車.これは崖から海に落ちる事故用だ.それから軍艦.アルセストに貸してあげるまでは大砲がたっくさんついていたやつさ.それから鉛の兵隊さん3体と木でできたおもちゃのお馬さん.これは人を乗せる用.

 くまさんは毛が残っているからやめといた.(pp.222-223)


 ま〜だあるのか?!ってくらい,色々持ち込んでいます.これは今日はママンがいないから解放感のようなものでしょうか.これだけ持ち込んで遊んでいたら,のぼせちゃいます.ママンの心配もうべなるかな.そんなママンを横目に,パパは平然としています.


「ときにはな,ママンにはニコラが大人になるのが辛いこともあるんだよ.それに大きくなったらわかるよ.女ってのはな,理解しようとしちゃダメなんだ.」(p.221)


 2021年の今だったらジェンダー的に問題発言かもしれませんが,時代は時代.過去を理解するようにしましょう.でも,ここでのパパの発言は存外,今回の子離れしていないママンには当たっているかもしれません.子離れって言ったって,ニコラは未だ,10歳くらいですから早すぎますがね.

 それはともかく,楽しそうなソロ入浴がイラストの一枚目です.


 きっと,スポンジで頭から石鹸水をかけただけで洗ったことにしちゃうやつですよね.猫あしのバスタブがキュート.シャワーはない時代なんですね.フランスによくある給湯器もついています.あの,映画なんかでよく出てくる泡風呂.憧れますよね.あんまり気持ちよさそうに見えるので,お風呂自体には抵抗がないんですね,きっと.洗われるとか,うるさく言われるとか,石鹸が目に染みるとか,遊べないとか,そんな理由でめんどくさいだけなんでしょうか.

 でも,ママンは気が気ではありません.


「あんまり長風呂しちゃだめよ.耳の後ろをよく洗うのよ.用があったら,ママンを呼ぶんですよ.後で見にくるわね.蛇口に触っちゃダメよ.」そう言ってママンはチーンと鼻をかんで,パパと出ていった.パパはニヤニヤしていたよ.(p.223)


 ママンの心配をよそにお風呂場で遊び始めたニコラですが,メメからのプレゼントのおもちゃの潜水夫を忘れたことに気付いて,裸のまま大急ぎで部屋に取りに走ります.すると,タイミング悪く入れ違いでママンは様子を見にお風呂場に入ってきました.3度目です.心配しすぎでしょう.それで「すっごく怖くて大きい叫び声」が響き渡ります.ニコラも何かと思ってお風呂場に駆けつけます.



 ニコラによると,「ママンはバスタブに屈んで,お風呂をかき混ぜていたんだ.まるで兵隊さんを探しているみたいだった.」(p.225)ママンが兵隊さん探しで遊んでいると見えたのでしょう.あ〜,可哀想なママン!ニコラが「どうしたの?」と声をかけると,「ママンはとっさに振り返り,大きな声を上げて叫んだかと思うと,僕を抱きしめた.ママンの服はぐっしょり濡れちゃったよ.それからママンはパシ,パシと2度強く僕を叩いた.顔じゃないよ.それで僕ら二人して泣いちゃったんだ.(p.225)


本当にパパの言う通り.ママンたちを理解しようとしちゃダメなんだって言ってたもんね.それにあ〜あ,僕が大人みたいに一人でお風呂に入るのはダメになっちゃったんだ.また前みたいにママンがスポンジで顔を洗うんだよ.ゴシ,ゴシってね.(p.225)


 泡風呂が羨ましいって書きましたが,ママンにとってはアダになった模様.もちろん,ニコラが沈んでいるかと必死で探しているんですね.兵隊さんじゃありません.いつになく,目がまん丸で,必死さが現れています.ニコラは「体も拭かず,服も着ないで」潜水夫を取りに走ったはずなのですが,ママンの後ろのニコラはちゃんとタオルを巻いています.でも,ここでイラストが伝えたいのは,ママンの必死な形相と「理解しようとして」理解できないニコラの対比です.パパのようにわかったつもりになる前に,読者には,この秀逸なイラストを通して「女」とか「ママン」の心配を理解してもらえるのではないでしょうか.

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