« Les devoirs », HIPN, vol.1, pp.212-219.
題名のdevoirというのは単数形で「しなければならないこと,義務,務め」を意味する単語ですが,複数形で具体的な「しなければならないこと」として,特に学校で出る「宿題,や課題」を表します.それで,ニコラが持って帰ってきた宿題と思いきや,書類を小脇に抱えて不機嫌そうに帰ってきたのはパパでした.映画版(第一作目)でも,たくさんの仕事を持ち帰って家で仕事をするパパを見てママンが「こんなにこき使われちゃって!」と非難すると,パパがじゃあ会社を辞めて,家族揃ってキャンピングカーで暮らすんだな?!と返すと,横で聞いていたニコラが「やったー!準備しようっと.」とKYぶりを発揮するシーンがありました.面白かったですね.でも,今回はママンは癇癪を起こして寝てしまい,ニコラが逆ギレするというお話です.
仕事を持ち帰って不機嫌そうなパパを見て,ママンはため息を一つ.それでも何も言わずに,すぐに食事の用意をしてくれます.ところが今日は楽しいはずの食卓で誰も話をしません.ニコラもアルセストからゴールを三つ奪った自慢話をしたいのですが,パパはもちろん聞いてくれません.これが2枚目のイラストです.
ニコラは一所懸命パパに話しかけていますが,パパは上の空.吹き出しの中はアルセストからゴールを奪った様子です.前後180度に大きく開くニコラのキック,大喜びのチームメート,驚きで目を丸くするアルセスト.それにしてもちょっとゴールが大きすぎません?これなら3回はちょろい感じ.話を聞くでもなく,パパは機械的に食事を口に運んでいます.せっかくワインもあるのに,飲んでいるのかしら.残念な夕食です.この後ニコラは再び話をしようとしますが,パパの「食べろ!」の一言であえなく撃沈・・・.
食後はパパとニコラが居間に移ります.
夕食後,ママンが台所で食器を洗っている間に,パパと僕は居間に移動したんだ.パパはテーブルの上に書類を置いた.テーブルの上にはピンク色の花瓶があったんだけど,壊れちゃった.僕はね,じゅうたんの上で自動車を走らせて遊んだんだ.ブルブルン!(p.212)
「パパはテーブルの上に書類を置いた.テーブルの上にはピンク色の花瓶があったんだけど,壊れちゃった.」というところ,原文では« Papa a mis ses papiers sur la table, où il y avait le vase rose avant qu'ils se casse »となっており,後ろから,そして関係代名詞は先にと,そのまま受験英語ならぬ受験フランス語で訳すと,「パパはそれ〔花瓶〕が壊れる前にピンクの花瓶があったテーブルの上に書類を置いた」となりますが,これじゃ何が何だかわかりません.ちゃんと時系列と因果関係を把握して訳さないといけません.すなわち,テーブルの上には「ピンクの花瓶」が置いてあり,「それが壊れた」.なぜならパパが書類をテーブルの上に置いた,否,ぶちまけたからなのです.パパが「壊した」avant qu'il le casseとするとパパのせいになりますが,ニコラはあくまで「壊れた」と,まるで自然に割れたように叙述していますが,もちろんそんなこと滅多にありません.パパが壊したに決まってます.でもニコラは「壊れた」のを観察しているだけで,パパを非難するつもりなんてないわけです.ある意味,これがニコラの残酷な描写です.ちゃんと真実を見ていながら,無邪気を装って(?),そのままの観察と悪意ない描写だけにとどめるのです.
この場面がイラストの1枚目ですから,先程の2枚目と絵の順序が逆転しています.
割れた花瓶は,ニコラが遊ぶのでパパがすぐに「チッ!」っと舌打ちしながら片付けたのでしょうか.パパの顔は真剣そのもの.仕事なんて関係なし.ニコラは大きな声を出して遊んでいます.手前にもう一つ,柄のない肘掛け椅子があります.こちらがいつものくつろぎの象徴だとすると,今日パパが座っているのは,どうやらそれとは対照的なようです.パパの膝下から書類がバラバラと落ちています.のちにニコラは何度もこれを拾わされ,最後の逆ギレの原因となるのです.
パパにうるさいっ!と叱られたニコラは,大人しくウジェーヌおじさんがプレゼントしてくれた本を読み始めます.数人の仲間が宝探しをするのですが,宝の地図が半分なくて見つけられないというお話で,数日前から読み進めている本です.何でも,昨日は「仲間の中心のディックがせむし男と古いお屋敷にたどり着いた恐ろしい場面で,ママンが部屋の明かりを消し」てしまったそうです.
古いお屋敷,ナイフを持ったせむし男,ディック(らしき少年).窓の外には雷が走り,大きな柱時計は真夜中の少し前.何が起こるんでしょうね.残念!続きは明日てなところだったのでしょうが,今晩はもう明日ですから,ドキドキしながら,その続きを読んでいると,イライラしたパパから色々命令がきます.まずは万年筆を貸してくれ.部屋に取りに行ってくれ.帰ってきたニコラが続きを読んでいると,今度はママンが台所から来てパパの前に座り,パパの邪魔をします.イライラ続きのパパは相手にしません.ママンも怒って寝てしまいます.それでニコラが続きを読み始めると,パパの書類が一枚,ヒラヒラと絨毯の上に落ちてきます.ニコラ,拾ってくれ.それにドアを閉めてきてくれ.水を持ってきてくれ.続けざま,3つの命令が飛んできました.
用がすんでニコラが本に戻ると,またもや書類が一枚落ちてきて,ニコラ,拾ってくれ,それに台所のドアを閉めてきてくれ.用を足してニコラが戻ると,appartenirという語の綴り字は何?辞書持ってきてくれ.それで本に戻ると,今度は誰か来た.ニコラ,見てきてくれ.この辺までの文章では,ニコラはにこやかに対応しているのですが,4枚目のイラスト↑ではもう怒りの表情が浮かんでいます.でも,パパも怖い顔をして書類を睨んでいるので,何も言えません.
来客はお隣のブレデュールさんでした.前話(112)にも書きましたが,ブレデュールさんの名前が出てくれば,パパとのケンカは必至.予想通り二人はネクタイを掴んで怒鳴り合いを始めます.そこで,いよいよニコラが逆ギレ.
「もういい加減にしてよ!僕もう寝るからね!!!」(p.219)
パパとブレデュールさんは目を丸くしています.
まったくもうっ!何だってんだ!いい加減にしてほしいよ.20回も同じページを読み直してんだから!(p.219)
先に進まないとイライラしますよね.その怒りがすでに↑によ〜く出ています.それでニコラの出した結論は・・・
はっきり言おうか?僕に言わせれば,パパたちには仕事が多すぎなんだって.だからね,僕らが学校で1日の労働を終えてクタクタになって帰ってきて,ほんのちょっと一休みしたくても,(パパたちが仕事仕事って僕らをこき使うんじゃ)何も出来やしないんだよ.(p.219)
「(パパたちが仕事で僕らをこき使うんじゃ)」は原文にはありません.翻訳では「パパたちがこんなことでは」と同じように補っています.こうした補足がないと,ちょっとわかりにくいかもしれません.ニコラの発言は,大人が仕事を持ち帰ってきた時の典型的なセリフで,文章としては大人の発言を思わせます.要するに,こう仕事が多くっちゃ,家でゆっくり休めやしないと大人が不平をかこつ場面で,その大人に用を言いつけられていたら,家でゆっくり本も読んでられないと子どもが逆ギレして不平をかましているのです.いわば,とばっちり.大人は自己中で家を支えているとか何とか口実つけて仕事を持ち込んでいるけど,家の中ではママンも僕も仕事が増えて迷惑を被っているのですよと,訴えかけていルのです.自分だけがえらくて,お金になる有意義な仕事をしていて,家族を支えてやっていると考えている世の男性中心主義者のおじさんたちに,ぜひ読解をお勧めください.
だから『プチ・ニコラ』は「大人のよむ絵本」なんですってば.
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