« La punition », HIPN, vol.1, pp.186-193.
「罰」.とくれば『罪と罰』を想い浮かべる人も多いでしょう.罪を犯して,罰を受ける.あるいは罰があるから,悪いことをしないようにする.でも,そもそも,懲罰がなければ,罰するものもないわけだから,罪そのものがなくなるのかも.昔丸山圭三郎という人が,虫歯があるから歯医者がいるのではなくて,歯医者がいるから虫歯ができるんだと書いていたのですが,そんな感じです.この場合には,歯医者さんが虫歯ですと宣告するから患者さんはこれを虫歯と言うんだぁと認識するのですが,そんなふうに言われなければ,痛いなぁと思っていても,それが虫歯と名付けられているなんて夢にも思わないから,虫歯って何?となるでしょう.すると,虫歯はないと言えるわけです.もしかしたら新しい病気はみんなこの類かもしれません.
と,まぁ,あまり愚にもつかないことをつらつら書き連ねてしまいましたが,今回の題名にある「罰」が罰するところの「罪」が何だかは最後までわかりません.どうやらニコラがママンにいっちゃいけないことを言ったらしいのですが,それ以上のことは何もわからないのです.
「何ですって?」ママンが僕に言ったんだ.僕はすっごく怒っていたんだ.それで僕は,さっきママンにいったことをもう一度ママンに繰り返した.そしたらママンが言ったんだ.
「それなら仕方ないわね.今日はアイスなし!」
そ,それはあんまりだ.ひどい.だって毎日午後の4時半になると,アイス屋さんが家の前を通るんだ.小さな車で来て,チリチリンと鐘を鳴らすんだ.(...)(p.186)
ニコラが何と言ったか気になるでしょう?それで最後のオチではそれが明かされると思って期待しながら読んでいたのですが,出てこないんです.「罰」を受けるお話なので,「罪」の内容が気になるはずじゃないですか?う〜,欲求不満です.
今回挿入されたイラストは2枚.1枚目は家の前を通るアイス屋さん.
移動式のアイス屋さん.映画の中で,遊園地や公園で移動販売しているアイスクリーム屋さんを見ますが,かつてはこんなアイス屋さんが街中を回っていたのでしょうか.今だったらレトロ感いっぱいで,逆に商売繁盛となりそうな気がします.三輪の自転車,アイスクリームを入れた箱に,遊園地風のデコレーション.いつもの定位置にくると紐を引いて,チリチリンと鐘を鳴らす.すると子どもたちが走ってきて,アイスを求める.子どもたちの右足が前に,左足が後ろに向かっているために,勢いよく走っている感じがよく出ています.加えて,みんなの口が一様に一本線で描かれ,足の動きと調和しているようです.この子どもが走る様子はサンぺの得意とするところ.他の話でも,何度も同じようなイラストが出てきます.牧歌的で,どこか懐かしいような夏の風物詩なのでしょう.イラストのようなアイス屋さんを見たことのない私でも,かつての商売としてあったんだろうなぁと想像してしまいます.
お話に戻ると,ニコラには「アイス道」とでも言うべき,アイスへの特別のこだわりがあるようです.先程引用した文に続いて,アイスの説明が10行以上続きます.
ママンが僕にお小遣いをくれて,それで僕はアイスを一つ買うんだ.チョコレート味,ヴァニラ味,イチゴ味,ピスタッチオ味のがあって,僕はどれも好きなんだけど,イチゴとピスタッチオは最高だね.だって赤と緑だよ.アイスはね,おじさんはコーンとカップと棒付きがあってね.「アイスは何せコーンが一番.だってカップとか棒とかは食べられないし,捨てなくちゃならないからな」と,アルセストの言う通りだ.でも,カップにするとちっちゃなかわいいスプーンがついてくるし,棒付きにすると舐められるじゃない?でも当たり前だけどさ,棒付きは危険なんだ.だってときどきアイスが棒から落ちちゃうし,地べたに落ちたら拾うのがもう大変!そんな風に落ちちゃったら,僕泣いちゃうし,「アイスが食べられないなら,死んじゃうー!」って叫んじゃう.(p.186)
これは相当のこだわりようです.味だけではなく見た目の色彩も,食べ方も,それぞれの食べ方の利点と欠点もしっかり分析されています.専門家(=アルセスト)の見解も加味しながら,アイス道を極め尽くしている感じです.恐るべし.
それでもすでに冒頭で見たように「今日のアイス」はお預け宣言が出ています.それで午後4時半になるまで,ニコラは悶々とし,アイスのことばかり考えて過ごすのです.
まさに,寝転んでも覚めても座しても,アイスアイスアイスの状態.肘をついて転がっている時の妄想では少し溶けかかったアイス.立ち上がっての妄想ではもう少し大きめのアイス.最後にはしゃがみ込んで2種類のアイスがコーンにのっています.もちろん,イチゴとピスタッチオ,赤と緑のアイスでしょう.だけど,二つのこーん盛りしたアイスがのせられるようなコーンなんてあるのでしょうか.妄想は自由と思いきや,いやいや,1枚目のイラストのアイスクリーム屋さんを見てください.30フランでシングル,50フランでダブルの図が出ているではありませんか!ダブルなら2段重ねと考えていましたが,常識を覆す,すごいコーンです.
時々刻々,運命の4時半に近づきます.パパも長椅子で新聞を読むふりをしながら,ニコラに謝るよう懸命に説得します.3度の説得でニコラが泣き出し,ママンに謝る約束をしてこれで決着と思いきや,ママンがどうしても折れません.仲介に入ったパパとママンまで険悪な雰囲気となってしまいます.とうとう4時半は過ぎ,アイス屋さんも通り過ぎ,ぎこちない夕食となりました.
夕食のときには,誰も何も言わなかった.だってパパはママンに,ママンは僕に,僕はパパとママンに,みんなお互いに怒っていたから.(p.193)
そんな気まずい雰囲気をママンの一言が破ります.
「いい?ニコラ.もうこれからはいい子になるのよ.もうママンを困らせないわね?」
それを聞いて,僕は一気に泣き出したんだ.(p.193)
こうしてニコラはいい子になると誓い,もうママンを困らせないと約束して,辛い1日が終わります.そこでママンはスックと立ち上がり,ニコニコしながら台所からアイスクリームの大皿を運んできました.ニコラ大感激!ママンもニコラを撫ぜ撫ぜ「私のおチビちゃん」.もうすっかり仲直りができました.万事解決!・・・とはいかない人が一人.
僕はアイスを何度も何度もおかわりしたよ.だってパパが食べないって言うんだ.パパはテーブルで座ったまま,目を丸くしてママンを見ていたよ.(p.193)
ママンとニコラの仲をとりもとうとしてとばっちりを受け,非はないのにママンと喧嘩して,ニコラにも恨まれて.午後に長椅子に横たわり,ゆっくりと新聞も読めなかったと言うのに.パパの1日って何だったんでしょうね.
それにやっぱり最初に戻って,ニコラの発言が気になります.だって,仲をとりもとうとしたパパとお隣のブレデュールさんに,ママンはこんなに↓怒っていたんですよ?!
「ダメと言ったらダメ!」とママンが叫んだ.「これはすごく大事なことなんだから!ここで私たちが引いちゃったら,この教訓が台無しになるわ.何を言っても何をしても許されるなんて思わせてはダメなのよ.ここでちゃんと理解させなくちゃ!教育するなら,今この歳なの!後になってから後悔したくないわ.息子が不良になったのは,私たちが子どもに厳しくなかったからだなんてね.ダメと言ったらダメ,駄〜目!!!!」(p.192)
ね? ママンをこんなに怒らせた原因って何だったのでしょうか.
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