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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(11)

« On a répété pour le ministre », t.I, pp.88-93.


題名にある動詞répéterは英語ではリピート.「繰り返して言う,聞いたことを伝える」などの他に,「練習する,稽古をする」という意味があります.そしてa répétéはフランス語では複合過去形と呼ばれる過去を表す表現です.過去の出来事や,<現在における完了>を表すと文法書には出てきます.ここで面白いのは,題名がこの複合過去形で書かれているところです.「僕らは大臣のために稽古をした」と訳せるわけですが,読者としてはお迎えする稽古をしたことがわかるだけで,その後どうなったのか,うまくお迎えができたのか,はたまたいつものニコラたちのように大騒ぎして台無しにしてしまったのか.そんな一切合切が分からず,「稽古をした」ということだけが分かる題名なのです.さて,どうなったのでしょうか.

 ある日,全校生徒が中庭に集められ,校長先生が話にきました.なんでも「大臣さま」が町に来たついでにニコラたちの学校を表敬訪問することに.大臣はニコラたちの学校の出身だったそうです.校長先生は,「大臣はあなた方にとって模範です.しっかり働けば最高の天職を望めるという模範なのです」といいます.「是非とも,大臣さまの想い出に残るようなお出迎えをしなければなりません.そのために私に協力してください.頼りにしてますよ」とも.

 そこで校長先生は「教員と生徒監を全員集めて,「大臣を迎えるのに素晴らしい思いつきがある」のだと言うのですが,この辺を読むと,『プチ・ニコラ』はニコラという少年が語る1人称のお話だという前提が,実は虚構の設定だということがはっきりわかります.ニコラが知る由もない先生方の「素晴らしい思いつき」に触れられているからです.それでも,そんな物語の枠組みを壊すような書き振りなのに,「素晴らしい思いつき」という表現に,ニコラがよく口にする口語表現des idées terriblesが使われているので,読者はやはりニコラらしさ,子どもっぽさを感じつつ読み過ごしてしまうのです.同じ表現がニコラの口から出れば,「すっげーアイデア」となったでしょう.

 校長先生の思いつきとは,フランスの国歌である「ラ・マルセイエーズ」の斉唱や子どもからの花束贈呈というありきたりのものでしたが,映画版『プチ・ニコラ』をご覧になった方は,とてもとても「グッドアイデア!」とは思ませんね.

 ちょっと脱線すると,ちなみに映画では2004年に公開されフランスで大ヒットした『コーラス』(Les Choristes)のパロディで,『コーラス』で主役のマチュー先生を演じていたジェラール・ジュニョがやはり先生役で登場し,「これは私でもどうにもなりません」とサジを投げてしまいます.もちろん『コーラス』が,問題児ばかりの学校でマチュー先生が合唱で少年たちを立ち直らせてゆく作品だったからこそ,そんなマチュー先生にも無理!と言われてしまうほど,ニコラたちの悪童ぶりが強調されるわけです.

 さて,というわけでせっかくの校長先生のアイデアですが,合唱ではニコラたちがどうも上級生より先に進んでズレてしまうので❌.ニコラいわく「確かに僕らのほうが上級生より,ほんの少し先になっちゃって.上級生が『栄光の日が来た』を歌っているところで,僕らはもう2回目の『血まみれの旗が上がった』だったんだ.」もう一つちなみに,「ラ・マルセイエーズ」の歌詞冒頭は次の通り.


Allons ! Enfants de la Patrie !

 Le jour de gloire est arrivé ! ←上級生

 Contre nous de la tyrannie,

 L'étendard sanglant est levé !

 L'étendard sanglant est levé !  ←ニコラたち

Entendez-vous dans les campagnes

 Mugir ces féroces soldats ?

 Ils viennent jusque dans vos bras

 Égorger vos fils, vos compagnes


「ほんの少し先になっちゃって」・・・ね.そうだね,ニコラ・・・.というわけで,マチュー先生じゃなかった,合唱担当のヴァンデルブレルグ先生お手上げ.

 それで3人の子どもによる花束贈呈の予行練習となるのですが,選ばれたのがウード,アニャン,ニコラの3人.「女の子じゃなくて残念.女の子だったら青,白,赤の服を着せたのに.それとも,髪にリボンをつけるなんてのもたまにやるんだが.効果抜群なんだ.」という校長先生に,ウードがさっそく悪態をつきます.いつも優しい担任の先生は火消しに大慌て.アニャンは泣き出し,ブイヨンは花束がわりにハタキを持ってきて,ジョフロワがニコラたちをからかい,ケンカになり・・・.やはりいつものように,喧々諤々大騒ぎになって予行練習は中止となります.

 この話の絵がない?! そうですよね,このブログ,絵のお話をするのが目的でした.お話の最後の一節を読んで,たった1枚挿入された絵をみて終わりにしましょう.


「次の日,大臣が来て,万事うまくいったんだ.でも僕らは大臣に会わなかったんだ.なぜって僕らは洗濯部屋に閉じ込められちゃったんだ.大臣が僕らに会いたかったとしても,無理だったんだ.だって,扉に鍵がかけられていたからね.

 本当に校長先生ったら,おかしなことを思いつくなぁ.」(p.93)



 洗濯部屋は学校の壁の外に設置されているようで,ニコラたちはそこに閉じ込められてしまいます.その部屋の鍵もかけられて,ニコラたちが出て行けないようにされているのですが,声を出さないように「しー!」と見張り役の横には学校への入り口がありますから,どうやらそこの扉も鍵がかけられているようなのです.ニコラが言う「おかしなことを思いつくなぁ」(de drôles d'idées)が,冒頭の「素晴らしい思いつき」と同じ語なのに注意してください.ニコラにしてみれば,彼のクラスメート全員を閉じ込めるのも,大臣さまをお迎えする「素晴らしい思いつき」と言うわけなのです.おかしなことを思いつきますね,確かに.

 それで最後に,題名が「僕らは大臣のために稽古をした」を想い出してください.もちろん,閉じ込められる稽古をしたわけではないでしょうが,ここは複合過去形で「稽古をした」と言う事実だけを示していると書きました.つまり実際のお出迎えがどんなだったか,ニコラたちは知らないのです.お稽古だけはしっかりしたのですが・・・.














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