« Le château fort », HIPN, vol.1, pp.162-167.
フランス語でchâteau(シャトー)は「お城」や「宮殿」を表す語として有名ですが,貴族の「邸宅」や「城館」なども表します.それにfort「力が強い,頑丈な」と言う形容詞を付けると,一般には「城塞(城砦)」となります.それで今回はお城,それも昔々,戦争の危機に対応した,戦闘能力を備えたかつてのお城のお話で,いわゆる関連語彙もたくさん出てきます.まずは列挙してみると.
le château fort「城砦」(としておきましょう)
la tour「塔」
le créneau「銃眼」(城壁の上のギザギザ)
toits pointus「尖塔型の屋根」(イラスト参照.お城に特有の関連語彙ではなさそうです)
le donjon「主塔」
le mât pour le drapeau「マスト,竿」
le pont-levis「跳ね橋」
『プチ・ニコラ』ではニコラたちが戦争ごっこや剣の果たし合い(チャンバラ)をやる場面が時々出てきます.例えば,(103)とか(93)のような.1950年代の子どもたちはそんな遊びで楽しんでいたのでしょうが,それはともかく,そうした遊びをするためには,ある程度の語彙を知っていなければなりません.そうでないとリアルさが出ませんし.それにしても,「城砦」とか「銃眼」なんて,ほとんど専門用語みたいで,本当に子どもの口から出てくるような言葉なんでしょうか.それとも,そんな難しい言葉の意味は分からなくても,繰り返し声に出して遊んでいるうちに,覚えてしまうものなんでしょうか.
さて今回のお話についたイラストは1枚だけで,これを見れば,ほぼほぼ内容が想像できます.『プチ・ニコラ』の愛好者なら,展開も把握できてしまうかも.
大判1枚の左側には,「城砦」を作り,色を塗るパパの姿が見えます.見事なお城です.「主塔や「跳ね橋」があり,4つの「尖塔」をつなぐ壁は「銃眼」となっています.かなり凝った作りであるのは一目瞭然です.城の周りには,空き箱や紙,絵の具やハサミ,定規が散らばっています.パパはタバコをふかしながら,作業に勤しんでいます.イラストの右側には,アルセストとニコラ,クロテールがいます.3人だけのはずですが,なぜか座敷童がもう1人.4人ともパパのお城にはめもくれず,反対の方を眺めて楽しそうなので,遊んでいるのでしょう.
パパが相当器用なのは,(91)などからよくわかります.それでも,パパが趣味で工作しているなんてのはあまり出てきません.優しいパパはいつも,子どものために何かしてあげようとするのです.と言うわけで,今回も,クロテールが持ってきたおもちゃの兵隊を並べるために,城砦が必要と聞いて,箱を並べただけでは雰囲気が出ないと,ニコラたちのために早速作ってあげることにしました.まずは「城門」と(多分石を落とすための)窓がなくっちゃと,せっかくの休みを返上し,新聞を置き,「長椅子」から身を起こして手伝い始めます.でも夢中になると,手を抜けないのがパパの性分.ノリやハサミを取りに行かせ,紙と箱を張り合わせ,色を塗り,銃眼や塔を付け加え,おやつも抜きで一心不乱に作業を続けます.子どもたちは時々飛んでくる指令をこなしつつ,別の遊びを始めています.
「ニコラ!タンスの左側2番目の引き出しに紙が入っているから.ああ,それから行ったらついでに,お前の色鉛筆も持ってきてくれ.」(p.164)
もう無我夢中です.何かに取り憑かれているよう.子どもたちの手伝おうか?と言う言葉もすべて却下.何せ「ちゃんとした仕事というものには時間がかかるんだ.労を惜しんじゃいけないよ.邪魔しないで,私の仕事ぶりを見ているんだ.そうすれば次は自分たちでできるかなら.」(p.166)
もう,ノリに乗っている感じです.おやつの呼び声も無視して継続します.文章を書いている人(語り手はニコラですが,書き手もニコラでしょうか?)も,付き合いきれんとばかりに,アルセストとおやつネタを挿入しています.
ママンがおやつを用意してくれたんだ.すごかったよ.チョコレートにブリオッシュにイチゴジャム.アルセストはすっごく喜んだんだ.だって,苺のジャムが他のどのジャムとも同じくらい大好物だからね.(p.166)
「他のどのジャムとも同じくらい」?つまり全部好きってことでしょう.軽〜くギャグを混ぜてくれます.
それでおやつの後では,ニコラたちはニコラの部屋で遊んでいたのですが,そこへパパが入ってきて,完成を告げます.
「おいで,子どもたち.城砦ができたよ.」
「城砦って?」と,クロテールが聞いた.
「わかってるだろ!城砦だよ,城砦!」
「あ〜,城砦ね.」とアルセストが答えた.(p.167)
不吉な会話です.クロテールの兵隊さんで遊ぼうとしていたから城砦が必要だったのですが,それをすっかり忘れていたようです.でも,アルセストが想い出してくれました.
行ってみると,それはそれは素晴らしい城砦でした.
本当にイカしたお城だったよ,パパの城砦は!まるで本物そっくりで,おもちゃ屋さんのショーウィンドーに置いてあるみたいなやつさ.旗も竿も付いているし,跳ね橋なんてテレビで騎士のお話に出てきたやつみたい.それからパパはクロテールの兵隊さんを銃眼の上に置いたんだ.お城の番兵さんみたいだった.パパはどうだっ!って顔をして,ママンの方に手を回し,ニコニコしていた.ニコニコしたパパを見てママンもニコニコした.それに僕もパパとママンがニコニコしているので嬉しくなった.(p.167)
よかったですね.↑のイラストの苦労が十分に報われた瞬間です.微笑みが何より.
でも,ニコラたちが城砦を作ろうとしたのは,戦争ごっこをするためなんです.観賞用のお城が必要だったわけではないんです.そんな初期設定を想い出させてくれるのが,次の子どもたちの嬉しそうな叫び声でした.
「やったー!アルセスト,ボールを持ってこいよ.」と,クロテールが言った.
「ぼ,ボール?」パパが聞き返した.
「攻撃開始!」と,僕が掛け声を上げた.
「爆撃開始!」とアルセストが大声を出した.
それから,バン,バン,バ〜ン!ボール3発とキックで,僕ら城砦を陥落させた.戦争に勝利したんだよ.(p.167)
パパ,ショーーーク.でもね,パパ.遊ぶためだったんですよ.お城作りを目的に据えたのはパパなんです.勘違いなんです.彼らに非はありません.
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