« On a eu l'inspecteur », t.I, pp.39-47.
「視察官が来た!」
きっと,日本の文部科学省にあたるEducation nationale「教育省」のお役人が時々教育現場に様子を見にくるのでしょうね.そんな時は,学校全体がピリピリしますが,特にあわてたり,粗相がないか心配したりするのは,校長先生や訪問を受けるクラスの担任の先生です.しかもどうやらニコラのクラスには以前にも同じようなことがあったらしく,先生はかなりオドオドしています.前回はビー玉が教室に転がっていて,視察官が転んでしまったとか.こういうのは教室をきれいにしていないとか,生徒に片付けをさせていないとか,先生の監督責任と言われてしまうのでしょう.先生のせいじゃないでしょうに.かわいそう.
ところで『プチ・ニコラ』の読者なら,偉そうにしている大人が登場すると,必ずコケにされる.つまり権威が否定され,偉そうに威張っている分余計に滑稽に見えるというパターンをよく知っています.ここでもそのパターンが予想できますね.
視察官がくる前に,先生は「こうしちゃいけない,ああしちゃいけない」と,事細かに指示を出します.アルセストにはものを食べてちゃいけない,クロテールには目立っちゃいけない・・・とかとか.
最初の見開きの大きな絵は,既に視察官がいて,生徒の一人が泣いている場面.教室中が泣いている子を振り返って見ています.お話の後半でジャン・ド・ラ・フォンテーヌの「カラスと狐」を暗唱するよう言われ,指名されたクロテールが泣いてしまう場面でしょう.なぜ泣き出したのか,全く理由がわからない視察官が先生に尋ねています.
文章ではこの場面に先立つ箇所で,先生は授業準備のために,アニャンに机のインク壺にインクを注ぎ足すよう依頼します.アニャンがインクを入れようとすると,すかさず誰かが「あっ!視察官だ!」と叫ぶ.アニャンはびっくりしてインクを溢してしまう.お馴染みのワイワイガヤガヤ.収拾のつかない混乱が始まります.後ほど,このインクを溢した机に視察官が手をついてしまう.これはそんな事件の後の場面ですから,文章で読んで状況を把握した読者なら,どうしても前に組んでいる視察官の手に目がいってしまいます.
本当は次の絵が1枚目なのかもしれません.インクのついた机が目立たないように,教室の後ろに移動するよう命じられたシリルとジョアシャンが,移動する間もなく視察官が入ってきたので,そのまま後ろ向きに席についてしまいます.
なんでこの子らは後ろ向きなんだ,ふざけているのか?!と訝る視察官のあ然とした顔がおもしろい.
3枚目はその二人に注意をして威厳のあるところを見せようとした視察官が,インクのこぼれた机に思わず手をついてしまい,手が青くなってしまうところ.つまり,2枚目と3枚目はほぼ文の説明に沿って展開されているのがわかります.
終いには,リュフュスが披露した「カラスと狐」の,かなり独創的なヴァージョンを巡ってアルセストやら,アニャンやら入り乱れ,クラス中が喧々諤々言い争いを始めてしまい,やはり収拾がつかなくなった場面です.
もうこうなってしまってはどうしようもない.サジを投げた視察官は,「お仕事,大変ですね」と先生を労ってそそくさと出て行ってしまいます.教室の騒ぎを前にした視察官の顔もさることながら,横目で視察官の顔色を伺う校長先生の顔,申し訳なさそうに視察官をチラ見する担任の先生の顔.それに読者は,教室内の喧騒に呆れた視察官が,インクべったりの手でハンケチを取り出して顔を吹いたため,顔にもインクがついてしまった・・・と読んでいますから,この4枚目の直後の場面を想像して思わず吹き出してしまうのです.
最後に,視察官に褒められた(ニコラの解釈)はずの先生が,クラス中に罰を与えるというオチがくるのは読んで楽しんでください.
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