『「プチ・ニコラ」大全』(80)
- Yasushi Noro
- 4 時間前
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Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p. 44-45.
ゴシニはアルゼンチンを離れ,ニューヨークに向かいます.夢はイラストレーター(dessinateur)になること.実際に「初陣を飾った」のも,彼の地でした.
ゴシニの世代の人はみな,ミッキーマウスの大ファン.というより,その状況は今もかわらなくて,今でもみんな(は言い過ぎ?),ディズニーのファンでしょう.それでゴシニはウォルト・ディズニーに会いに行ったそうです.「ウォルト・ディズニーと会う約束をしていたんだけど,彼ったら,面会を知らなかったんだ」(ゴシニ)とは,相変わらずのユーモア.ほんとに行ったのかな?
それはともかく,誰一人として知る人のいない大都市で,ゴシニは前述のように,「デッサンの入った書類ケースを脇に抱えて,ドアからドアへ編集者を尋ねて回るのは拷問のようでした」.そうでしょうねぇ.
ゴシニは描画力に優れ,アメリカのチャールズ・アダムズ(a.k.a, Chas Addams, 1912-1988)*の影響がみられるそうです.
*カートゥーン作家.「アダムズ・ファミリー」の原作者といったほうが,今では有名かも.
ゴシニはこの頃,『ニューヨーカー』に,ガキやヤンチャぼうず(de jeunes gamins et de petits monstres)などのユーモア・デッサンを提案していましたが,掲載はしてもらえなかったようです.仕方なく,志半ばでアメリカを後にし,フランスで兵役につきます.兵役が終わると,すぐさまニューヨークへ戻るのですが,今度こそはツイていた!後に『マッド』(Mad)誌を創刊するハーヴィー・カーツマン**の事務所に入ることができました.そこで初期の書物を出版することになるのです.
**Harvey Kurtzman(1924-1993).アメリカの漫画史,風刺文化を根本から変えた編集者,漫画家として有名.1952年に『マッド』を創刊.映画,漫画,広告,テレビ,政治などをパロディ化する.
ゴシニは子ども向けの画集を発表します.カウボーイの活躍,「ウォーター・ピストル・ピート」(水鉄砲のピート),ピートの友だちのインディアン,小さな猿,ゾウ,はたまた新解釈アラジンのお話などだったようです.ウォーター・ピストル・ピートは1950年代に前出のカーツマンが描いたイラストとして有名ですが,おそらくはその一部をゴシニが描いていたということなのでしょう.同じスタジオ(仕事場)内の仕事ですから.ゴシニはカーツマンのスタジオで仕事を学びます.またゴシニは同じ仕事場で,ウィル・エルダー(Will Elder),ジャック・デイヴィス(Jack Davis),ジョン・セヴェリン(John Severin, 1921-2012)といった作家と知り合いました.著者によると,『プチ・ニコラ』から『ダンゴドシエ』を経て,『アステリクス』にいたるまで,かれらのユーモアがみられるそう.一言で言うと「マッドの精神」,つまりパロディ精神が全ての作品に浸透し,共通の分母となっているのです.
ゴシニはニューヨークで5年過ごしたのち,アメリカのスタジオで得られた豊かな経験を手に,フランスに帰る決心をします.こうして,輝かしいキャリアが始まるのです.



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