Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p.84-p.85.
「ゴシニのシナリオ」(2)
前回紹介した節に含まれていますが,今回はゴシニのライティングについてというよりも,マンガ版と文章版の違いに説明の力点が置かれています.
「マンガ形式の『プチ・ニコラの冒険』は,原稿(planche)上に書かれた一連のギャグからなり,後に『プチ・ニコラ』で成功を収める要素も含まれている.マンガ版とは,二人の天才ユーモア作家ゴシニとサンペからなる,並外れた相棒(タンデム)の出生証明なのである.」(p.85)
1955年9月25日に連載最初の回が掲載されました.前回部分的に紹介した太鼓をもらう話がそれですが,そこでの主人公はニコラではなく,パパです.ゴシニは息子とパパの組み合わせを笑いのネタにし,そこから様々な笑いが生み出されました.ニコラが悪ふざけをしたり,ヘマをやらかす.パパがその場に居合わせて,ちょっとした行き違いで犠牲者となる.ニコラの代わりに叱られたり怒鳴られたりするパパ,可哀想なパパ,犠牲者のパパ・・・.確かに,もうすでに『プチ・ニ』のパターンが現れていると言えるでしょう.
マンガ版ではママンや怒りっぽいお隣さんであるブレデュールさんももう登場して,名脇役となっています.でも,未だ,〜いう人というようなキャラづけには至っていません.その場限り,その回に登場するだけで,個性が見えないんですね.それでも,マンガ版に登場する人たちを通して,後のキャラクターの前身では?と考えられなくもない.少なくとも,本作の著者はそう考えているようです.
例えば,上で触れた第1話に登場する,小さな夫人帽を被り,襟が毛皮でできている,いかにも上品な女性は,マンガでは去り際にプレゼントを渡すだけの役割しか担っていませんが,著者は文章版のメメ,すなわちニコラの母方の祖母の原型を見ています.
(左)マンガ版第1話:(中央)文章版(181):(右)文章版(076)
まぁ,同じ作家(サンペ)が描いているので,線が似ていても不思議はありません.年配の女性であることとか,身につけているものとか,発想にはパターンがあるでしょうし.
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著者の遡求はまだまだ続きます.
次はアルセストです.マンガ版でもアルセストという名の少年が登場します.文章版ではニコラの親友で,いつも何か食べ物を口にしている太っちょの男の子.でもマンガ版に登場するアルセストは,食べ物といえば!と言った特徴を付与されているわけではありません.単なるニコラの遊び友だちです.なんなら悪戯の片棒をかつがされる共犯者.絵的にもまるで似ていません.著者の指摘する通り,どちらかというと,将来のアニャン似とは言えるでしょう.
(左)マンガ版(p.20):(中央)文章版(004):(右)マンガ版(p.27):
マンガ版にはパパの知り合いのブジルさんとその息子が登場します(マンガ版p.27).絵的には,この息子さんは上記の「アルセスト」,つまり将来のアニャンによく似ています.マンガ版では,ブジルさんがニコラのパパのところに借金に来て,ついてきた息子がニコラとどっちのパパがよりお金持ちか言い争いをします.そこで本書の著者は,文章版でパパが金持ちの「ジョフロワ」を連想したそうです.そうかなぁ・・・.
マンガ版ではその他にもチモテやジョスランと言った少年が登場しているのですが,彼らは文章版ではすっかり姿を消してしまいます.
でも,文章版で意味を担う「アイテム」は共有されていると言います.居間,パパの肘掛け椅子,台所,庭と生垣などなど.
さらにでもでも,マンガ版では学校の教室も,あの,ニコラたちにとってとっても大切な「空き地」も描かれません.残念.
マンガの登場人物として,見た目まんま少年のニコラは吹き出しで色々説明するのですが,文章版での説明は会話部分に限られるわけではありません.それに,これが両者の決定的な違いですが,マンガ版で読者はニコラを見るのに対して,文章版ではニコラの語りを聞く,あるいは読むのです.つまり文章版はニコラが語り手ですから,文章を読む限りでは,本来ならニコラを目にすることが不可能なのです.あるいは,読者の目の前にいて,ひたすら物語を語ってくれている張本人がニコラということになります.
ちょっと脱線しましたが,本書の著者は総じて,文章版に価値を置き,マンガ版をその素描のように捉えています.それはそれで一つの見方なのですが.ちなみに,好みということで言えば,私は全く同意見で,文章版の方がはるかに優れていると考えています.あくまで嗜好の問題ですが.
「〔マンガ版では〕ニコラは吹き出しの中で自分の意見を伝えているが,ゴシニはもっともっと紙幅を必要とするようになる.そうしなければ,主人公を語り手とした物語にあれほど特徴的な,あの文体が発揮されることはない.サンペの描くニコラにしても,未だ将来の一コマのイラストの素描である.・・・イラストレーターは未だあの有名になるニコラの顔もポーズも見出してはいない.ひとコマ,あるいは原稿に閉じ込められたニコラは,外出禁止といったところか.ゴシニーの書くお話のイラストとなって初めて,ニコラは絵的な自由を得る.そのネクタイは風に舞い,ケンカで髪振り乱れる.それこそ,サンペがユーモアと詩情をこめて再現した,雑然とした子供時代の化身なのである.」(p.85)
マンガ版『プチ・ニコラの冒険』は『ムスチーク』誌の裏表紙に掲載されていました.やがて作品は評判を呼び,雑誌の看板作品になります.それにサンペは表紙絵を提供することもありましたから,文字通りの看板であったわけです.こうして1956年6月に至るまで,28作が発表されました.ところが,ある日,ゴシニとサンペは二人とも,『ムスチーク』誌の仕事を辞めてしまいます.二人揃って辞めたようですので,何か理由があったはずです.それについては,次回以降に.
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