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『「プチ・ニコラ」大全』(64)

  • 執筆者の写真: Yasushi Noro
    Yasushi Noro
  • 3 時間前
  • 読了時間: 8分

Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p.220-239.

『大全』第8章

永遠のヒーロー .........................220

第8章第1節「お宝,再発見」(Un trésor retrouvé) p. 220-227


p. 224-227

 お宝,再発見にまつわる話は,2000年代以降の『プチ・ニ』の再登場,編集と出版に関わる部分なので,説明が長い・・・.ともかく,サンペが同意して,アンヌさんが編集に取りかかったところまで読みました.今日はその続きです.


 それではアンヌさんがどのような編集を目指したかというと,主題や人物の登場よりも,何より「オチ」(la chute)を重視したそうです.これから刊行される選集の中での編集方針と,テクストが占める場所を決定するのがこの「オチ」.どう言うことなのでしょうか?

 

「何度も同じことが繰り返されるのを避けて,アンヌ・ゴシニはお話のコミカルな効果を失わないようにしつつ,お話どうしがつながるように章を構成した.ニコラの失敗の次には,パパやママンの失敗が続くようにし,場所も学校と家の中,空き地や友だちの家が交互に出てくるようにした.場所の統一はない代わりに,ユーモアが根本かつ明白な統一原理となる.こうして,80話,ページ数にして640ページ,『ハリー・ポター』諸巻と同じ厚みの作品が出来上がる.題名をつける際には,たいがい,抑え気味で簡潔な題名が最も効果を発揮する.こうして『「プチ・ニコラ」未刊行集」(Les Histoires inédites du Petit Nicolas)が誕生した.」(p. 224)


題名にあるinéditesというのは,éditer「編集する」されていない(in-)を語源とする語ですが,実際には「今までにない,未発表の,初出の」と訳されます.『プチ・ニコラ』の出版経緯を考えると,新聞・雑誌に掲載されたお話で,本に収録されなかったものを選んで,別の本にすることになりますから,まったく編集されていないわけでも,初出であるわけでもありません.それで(書籍として)刊行されていないお話集として『未刊行集』と訳してみました.ファンとしては一つでも多くのお話を読めるのは,ほんとうに有難いですよね.私にとっても,新たな「発見」であり,『プチ・ニコラ』の「再発見」でした.もしここで,発表年代順(ほぼイコール執筆順)を採用していたら,のちのお勉強(=研究)の対象となったかもしれませんが,でも,上の引用のようなお話のメリハリを感じられるような配列なら,読者は面白おかしくお話を楽しめるでしょう.



 ついに2004年,『未刊行集』がIMAV社から出版されます.この時点で後が続くかわからないのは当然ですから,『未刊行集』としか記されていませんが,後から振り返ると,この後第2巻が刊行されるので,この2004年の本は遡って,『第1巻』とか,「白ニコラ」とか呼ばれます.「白」というのは「押さえ気味で簡潔な題名」に合わせたのでしょうか.表紙のイラストの背景が白(に近い灰色?)で,黒と赤のみを使用した美しい作りになっているからです.ちなみに,第2巻は「赤ニコラ」と呼ばれることがあります.それでは第3巻は?愛称なし.残念.

 出版社名のIMAVというのは,アンヌ・ゴシニが両親へのオマージュとして選んだ社名だそうです.ヘブライ語でimaは「お母さん」,avは「お父さん」.aという一文字が両親をつなぐという意味になります(p. 224, n. 10)出版社を共同で立ち上げたのは,ご主人のエマール・ドゥ・シャトネさん,本書『大全』の著者です.

 二人は慎重に,初版は15000部に決めていました.ところが書店での反応を見た販売元の要請があり,73000部することになりました.内55000部が初刷りで,18000部が愛書クラブ用の特装版でした.2004年10月4日に発売となり,その翌日にはFNAC(フランスの大手の書店)から,「週末まで持たない」と連絡があり,急遽初刷りの第二刷として10万部の注文が来ます.数ヶ月後にはこれまでの他の版も含めて,90万部に達しました.12月にはもちろん,月の売上No.1.それも『ダヴィンチコード』や『Titeuf』(フランスのギャグ・マンガ)を抑えてのナンバーワンですから,大快挙です.サンペも驚きを隠せません.

 それにしても,「1960年代にかかれたお話に人々がこれほど夢中になるのはどうしてなのでしょうか?」だって,「主人公は昔の規則のままの学校に通っているし,生活様式ももうすっかり変わった家族の中で生活している」というのに?


「細部は変わった部分もあるけど,子どもの心に変化はないんだ.少なくとも,僕はそう願っているよ.」(p. 224. サンペ,2004年10月15日の『ソワール』のインタビューより)


アンヌさんもそう考えているようです.


「『プチ・ニコラ』は理想の世界の中で展開されています.理想の世界では,両親が言い争いをして,未だ当時は終いには離婚という選択肢がなくて,ちょう美味しいりんごのタルトで仲直りという世界なのです.」(Ibid.)


「ルネ・ゴシニの生み出した文体と言語があまりに特別で,年齢にしたがい小皺ができたようには思われない.『ダルタニャンやその仲間の三銃士の語彙が廃れてしまう,なんてことあるかい?』,とサンペはユーモアを交えて話している.」(Ibid.)


 流行遅れ,時代遅れになることはあると思います.でも,流行が変わっても,ゴシニの文体や言葉がいつでも新しい読者に響くのであれば,廃れることはないというのも確かでしょう.温故知新.古いものなのに,常に新しく感じる.芸術作品の理想でしょう.

 それでも40年の月日が流れているのは無視できません.服装も変われば,習俗も習慣も,時間の過ごし方も,コミュニケーションの取り方も.


「フランスが複数民族国家になったのは自然な成り行きで,私たちの社会の健全さの証拠です.1960年代の社会にも,21世紀の社会にもおなじように適応する能力を持つのは,その登場人物が,毎日毎日,無時間的で普遍的な性格を示していることになります.私自身の子どもの,そのまた子どもたちが,『プチ・ニコラ』を読む歳頃になれば,たぶん,相変わらず大笑いしてくれるでしょうね.」(p. 224. アンヌ・ゴシニ,Technikart, décembre 2006)


 「無時間的で普遍的」.童話や昔話,あるいは児童文学,大衆文学はこうして読み継がれて行きます.歴史性が意識されない読みが要請される(されてしまう?)という風に言い換えることも可能でしょう.こうして,いつでもいつの時代でも,どこでも翻訳でも,誰もが楽しめるお話であることが強調されているのです.

 さらに『未刊行集 第1巻』では,相変わらずのキャラが登場し,繰り返されるわけですが,そこに少〜しの変化が見られることも指摘されています.たとえば,アルセストが友だちとクロワッサンをわか合う場面とか(あの食に貪欲なアルセストが!),万年劣等生のクロテールが新しい担任の先生のお気に入りになるとか,ニコラが初めてジョフロワのお宅訪問をするとか.私たち新しい読者は,そんな変化球も発見できるのです.


p. 226

出版事象

『プチ・ニコラ』は批評家にもたいそう評価されたそうです.『文芸フィガロ』(Le Figaro littéraire)は「フランスの少年」と一面の見出しに記しました.「ニコラという名前を口にしたとたん,想い出の花が記憶に咲き乱れる.このような喚起力を有した小説の登場人物は稀だ.(中略)ここに,『プチ・ニコラ』が再び戻ってきた.『プチ・ニコラ』はここ数十年来,文学上誰もが参照し,なくてはならぬ典拠となっていた.作家ゴシニは子ども時代というものについて,『プチ・ニ』以降に現れた数々の小説よりももっと雄弁に語っていたのがわかる.・・・」(p. 226. 『文芸フィガロ』誌上でのオリヴィエ・デルクロワ氏の評.もう少し続きますが,賛辞賛辞で疲れてしまいましたので後半は省略.これに続いて『ルモンド』,『ル・ヌーヴェル・オプス』といった媒体でも,ほめられてばかり.悪いことは載せないですから,当たり前ですけど.テレビでもこの度の出版が取り上げられました.「やんちゃ坊主の回帰を出版上の成功ではなく,ベビーブーム世代の郷愁という社会現象として」(p. 226)取り上げたそうです.ブーム,流行というのはこうやって,一つの標語,この場合は例えば「子ども時代」とか,ベビーブーム世代の郷愁とか,やんちゃ坊主の回帰というような言葉にまとめてわかりやすく提示することでできるのですね.でも,おそらくそんな流行は出てきては消え去るを繰り返すものですから,文学あるいはテクストの価値というものも考えてみていいかもしれません.ごく単純に,なんでこれらのお話を面白く感じるのだろう,今も昔もって.

 熱狂的なブームを受け,アンヌ・ゴシニは癌の撲滅を目指した慈善オークションも企画します.40人ものイラストレーターが『プチ・ニコラ』にオマージュを捧げ,結果,1時間で10万ユーロもの寄付が集まりました.パリのセレクトショップとして有名なコレットは『プチ・ニ』色を採用し,アラン・シャバやパトリック・チミジットなど著名な俳優が『プチ・ニ』の朗読をCDに吹き込みました.2006年に創設され,文化と芸術の称揚を目的としたグロブ・ド・クリスタル賞(Globe de cristal)は,第一回目の「出版賞」を『プチ・ニコラ』に与えたそうです.ぱっと,何の気もなしに調べたネット情報では,この賞は2008年までしか遡れなさそうなので,そのうち,ちゃんと本気で調べてみないとです.

 以上からは,ともかくも,『プチ・ニコラ』の特に『未刊行集 第1巻』がブームらしきものを巻き起こしたとは言えるでしょう.そうなんでしょうね.でも「『プチ・ニコラ』はこれでおしまいではない.」(文字通りには「ニコラちゃんは最後の言葉を発したわけではない.」)つまり,『プチ・ニ』の再・快進撃はまだまだ続く,で締めくくられています.

 ↓2009年3月に,パリの市庁舎で開催された『プチ・ニコラ』展.15万人が訪れました.そういえば私も行ったような気がするのですが.そしてこの頃,同じデザインで切手が発売されていました.これは今も所有しています.


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