『「プチ・ニコラ」大全』(62)
- Yasushi Noro
- 1 日前
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Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p.179-219.
『大全』第7章
『プチ・ニコラ』,フランス文学の古典になる .........................179
第7章第5節「冒険の終わり」(La fin de l'aventure) p. 206-219
前節までで成功,結婚,出産,学校とライフ・イヴェントが続いていました.本節「冒険の終わり」にある「冒険」とは何でしょうか.よく「『プチ・ニコラ』の冒険」(les aventures du Petit Nicolas)という表現がでてきますが,その時の「冒険」は複数形で「冒険,出来事,事件,災難」などを表します.例えば,以下で説明しますが,今回掲載する写真を見てください.左側の『ジョアシャンの憂鬱』という書籍の上部には「『プチ・ニコラ』の冒険」とあります.これは冒険と訳すより,「ニコラの日常に生ずる出来事,事件」のほうが良い場合です.ところが本節の題名では単数形なので,出来事の総称であったり,少し距離を置いた(ぼかした)意味の用法ではないのでしょう.つまり,文字通り,何かの意味の定まった,具体的な「冒険」の終焉なのです.さて,どんな「冒険」なのでしょうか.
「僕はルネにこう言ったんだ.『僕らが作った登場人物たちから抜け出せなくなったら大変だ.そうなる前にやめてしまわなきゃ.ちょっと時間をかけすぎたんだ.さあ,別のことに移らなくてはね.僕は描かなきゃならないし,君は書かなきゃならない.もし万一,『プチ・ニコラ』シリーズを一新できるようなアイデアが浮かんだら,そうしたらその時また始めようじゃないか*.」(p. 206)
*« La vie secrète de René Goscinny », Lire, hors-série, 2007.
サンペはゴシニにそう言って,シリーズという「冒険」を辞めたそうです.『プチ・ニコラ』は大成功を収め,単行本も5冊出ていたのですが,サンペはまさにそれにばかり時間をとられるのが嫌だったみたいです.飽きっぽいというのか,成功にあぐらをかかないというか,他にやりたいことがいっぱいあるのか,ともかくも,売れたからとか,収入が安定するからという理由で惰性で続けることを潔しとしなかったのは確かでしょう.いいですね.僕は好きです.それにしても,いくら友だちとはいっても,別の人が書いた文章に6年もの間欠かさず毎週毎週イラストをつけ続けたんですから,すごいものです.これ以降サンペは,本ブログ『大全』(60)に写真のある『単純なものなど何もない』(Rien n'est simple. すべて複雑とか,シンプルなんて,とかのほうがしっくり来るでしょうか)を皮切りに,イラストレーターとして活躍します.もちろん,『単純なものなど・・・』を見ればわかりますが,いくつかのイラストには説明文というかコメントというか,文章が入っていますので,イラストレーターとはいえ,文とイラストの組み合わせは彼にとって重要だったのです.私はゴシニの文がかなり好きですが,思うにサンペのつける文もなかなか含蓄に富んでいます.ゴシニが言説の人だとすると(つまり,まとまった文を面白おかしく読ませる),場合によっては短文やキャプションではサンペのほうが面白い場合もあるのです.
別にケンカ別れではありません.ゴシニはゴシニでマンガの世界で大活躍していましたので,忙しかったのはお互いさまといったところでしょう.ちなみにゴシニはこの後,第6巻目を出版すべく,『シュッド・ウェスト・ディマンシュ』に掲載されたものからお話を選び,『「プチ・ニコラ」とお隣さん」(Le Petit Nicolas et les voisins)という題名まで考えていました.リストのタイプ原稿の写真がp. 207に掲載されています.
「ゴシニは『プチ・ニコラ』にだいぶこだわっていたね.新刊も出したがっていた.やろうと思えばできたね.これまで単行本に収録しなかったお話がまだたくさんあったから.でも僕が言ったんだ.『そんなふうに,飽きるまで続けるなんてできない.バカバカしいよ.本を作りたければ作れよ.僕はユーモア本をつくるからさ.何か新しいことがみつかれば別だけどね.』」(Ibid.)**
**José-Louis bocquet, Goscinny et moi, éd. Flammarion, 2007.
これを読むとサンペが出版自体に反対していたわけではないのがわかります.ただ,とにかく新しい挑戦がしたいということでしょう.だから,「シリーズを一新できるようなアイデア」があれば,二人は続けたかもしれません.
ゴシニとサンペは1964年11月に『シュッド・ウェスト・ディマンシュ』紙に最終話を送付し,こうして週刊の連続物に終止符を打ちました.「これは出版という冒険の終わりでもあった.」(Ibid.)二人の協働作業の終わり,出版の終わり(結局,二人の生前に新刊は出ません).二つの冒険が終わったわけです.
先ほどケンカ別れではないと書きましたが,ゴシニが継続を望んでいたからでしょうか,著者は「ゴシニとの諍い(もめごと)」のせいで,サンペが後年悲しんだと記しています.絶頂期でのコンビ解消ですから,それぞれに思うところがあっても仕方ありません.恨んだり根にもったりしなければ,それで良いのです.シリーズを止めるに際しては,その他,出版社(ドノエル)の不手際もあったようです.サンペによれば,ドノエルはゴシニに継続させて,別のイラストレーターにイラストを描かせたいとサンペに打診したとのことです.「この時代にはよくあることだった.」,と著者は書いています.今だと二人の作者の著作権が問題になってしまうのでしょうか.「これでこの話は終わり」,つまり,シリーズ継続も別のイラストレーターへの交代もなく,一件落着というか,一見終了となりました.
ところが数年して,サンペが待望の新しいアイデアを持ってきます.
「突然ね,僕は思ったんだ.10年経ってね,今だ,『ニコラ』の続きをやる時だって.設定を現代の学校にして,ちっちゃな女の子たちもいるんだ(共学でさ).僕はルネに電話した.僕は嬉しかったし,ルネも喜んでくれた.僕が嬉しかったのは,ダチと再会したからで,それに僕は少し落ち着き始めていたからね.」(Ibid.)
これはゴシニの訃報を受けたサンペが,1977年11月5日にゴシニの奥さんのジルベルトに書き送った手紙からの抜粋です.
サンペが書いているように,二人は再開しますが,その1ヶ月後にゴシニは帰らぬ人となりました.「『プチ・ニコラ』の冒険の続きを書くこともできずに」(Ibid.).
つまり,「『プチ・ニコラ』の冒険」の終焉であると同時に,作者の一人であるゴシニの生という名の冒険も終わってしまったのです.節題の「冒険」に複数の意味が込められているのがわかりますよね.そして終わりはいつも,ある種哀しいもの.読者にとってさえ.

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p. 207
幻の第6巻の収録作品リストの写真.後にほとんどが『未刊行集』(主に第1巻)に収録されています.« Le Trou dans la cour », « Le tour de cartes », « Le bain », « ce que nous ferons plus tard », « Un cadeau pour Maman »はどこにも収録されていないようですが,もしかしたら題名を変更したのでしょうか.
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p. 208-209
見開きでドノエル版『ジョアキムの憂うつ』の裏表紙の見返しに掲載されています.でも,本書に掲載された原版の色の方がはるかに美しい.
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p. 210-211
見開きでゴシニと奥さんのジルベルトの写真が掲載されています.ピエール・チェルニアの娘イザベルさんの結婚式の時の写真だそうです.奥さんはp. 204に掲載された小学生の娘アンヌにそっくり.
「数ヶ月後の1977年11月5日土曜日,ゴシニは心臓検査(test d'effort)を受け,心停止で死ぬ.享年51歳.」(p. 210)
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p. 212-213
1977年11月付け,サンペからジルベルトへ宛てた手紙.手書きの手紙が3ページ(抜粋),転写された手紙本文は全文が掲載されています.
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p. 214
「ゴシニが大スタートに,そして世界で最も読者の多い作家となったのは,僕にはすっごく嬉しかったよ.彼がこんなに早くに死ぬなんて,残念でならない.だって,彼の野心といったらただ一つ,本を書くことだったから.彼に時間があったら,大小説家になっていただろう.」(サンペ,p. 214)
そんな文の下には自宅に設置したバーカウンターの前で,スーツ姿で決めた,タバコをくゆらすゴシニーの絵があります.キャプションと共に.

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p. 215
1985年にジルベルト・ゴシニは「ルネ・ゴシニの世界」展を企画し,エッフェル塔の2階スペースで開催された.広告用のイラストはもちろんサンペが描いた.

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p. 216-219
「40年もの間,サンペが『プチ・ニコラ』の絵を描くことはないだろう.ただし,既刊書を再刊する際に,ドノエル社の編集者の依頼で幾つかの表紙絵を作成した.その際は,アクリルで描いている.」
各ページ1枚ずつ(計4ページ),水彩のようなすっきり淡い色の,ほんとうに美しいイラストが掲載されています.何度か写真に撮ってみましたが,解像度を下げているせいか,↓の写真ではどうも本書に収録されているイラストの淡さ,美しさが伝わりません.是非本書を手に取って眺めてください.

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