Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p.164-167.
第6章「『ピロット』誌で,ニコラはアステリクスに合流」
「1959年,恵みの年」(続き)
前回(38),といってもだいぶ時間が経ってしまいましたが,第6章唯一の節「1959年,恵みの年」の紹介で,『大全』のp.158-163を扱いましたが,その内,p. 162-163は実際には,『ピロット』誌(創刊号)の『プチ・ニ』掲載ページが見開きで転載されています.未だ「ニコラ」だけで,題名はついていません.この2ページには,「ニコラ」だけでなく,マンガやギャグ,子供向け実験ネタなどが置かれています.
次のp.164-165にはやはり見開きで,『ピロット』の1960年2月11日号のp.20-21がそのまま掲載されています.左側には本章の題名にあるとおり,美しい色刷りの『アステリクス』の1話が,右隣りのp.165には青地の2色刷りで「ニコラ」(下部)と「見習水夫のジャコ」(Jacquot le mousse)(上部)が見えます.この3作が2ページにまとめられているのは,他でもありません,すべてゴシニがシナリオと文を書いた作品だからです.1つの雑誌に3つ以上のコラボ作品を掲載するなんて,当時のゴシニは生産的でやりたいことがたくさんあったというのもあるのでしょうが,フランス初の子供向け(pour les jeunes)雑誌を成功させたいがために,相当の努力をしていたということでしょう.
「ニコラ」にはこの時,「クロテールの誕生日」という題名が付されていました.後に,この題名のまま,通称『白ニコラ』(『プチ・ニコラ未刊行集 第1集』)に収録されたお話です(95).かつてイラストを紹介したときには分かりませんでしたが(95),これを見ると,少なくとも『ピロット』誌掲載時には(95)の3枚目と4枚目は合わせて大判1枚として提示されていたことになります.これも前回触れましたが,この頃『プチ・ニ』は異例なことに,というか,大らかな時代で,『シュッド・ウェスト・ディマンシュ』紙に発表された後で,『ピロット』誌に再録されていましたから,前者ではどうだったのか,実物を見てみたいものです.それに,題名がつき始めたのは,やはりこの頃からなのでしょうか.
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さて,ページをめくって,p. 166-167にはやはり『ピロット』誌掲載時の「ニコラ」が1話ずつ紹介されています.左側p.166上部には,1960年7月31日付『シュッド・ウェスト・ディマンシュ』紙の「ニコラ」,下部には同じ話を再録した1960年8月18日付『ピロット』誌の「ニコラ」が置かれています.もちろん,比較のためです.両者の間に置かれた説明にあるように,まずは『シュッド・ウェスト・・・』に題名なしで掲載され,次いで『ピロット』に題名付きで掲載されました.どうせなら『シュッド・ウェスト・・・』のイラストも欲しかったところですが,おそらくこの切り抜きは,ゴシニ本人がしたもので,それで「前置き」部分の削除指示があったり,題名が追加されています.
先ほどの「クロテールの誕生日」と同様青地の2色刷りで,次のp.167の上部に「アンブラン島」(38)も同じ体裁ですから(1960年9月15日付『ピロット』誌),「ニコラ」はほぼ毎回,このような体裁だったのでしょう.ちなみに,同じp.167の下部には「アンブラン島」の貴重な原画が置かれています.『ピロット』誌に掲載されたイラストよりも大きく,線も鮮明ですので,一見の価値ありです!(なんですが,今回はもうすでに2枚掲載したので,またの機会に!).
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