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執筆者の写真Yasushi Noro

『「プチ・ニコラ」大全』(16)

Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, pp.132-p.133.


「仕事の流儀」(La Méthode de travail)


 今回は二人の作家の仕事の進め方のお話しです.

 『プチ・ニコラ』は1959年から1964年まで,毎週日曜日に販売される『シュッド・ウェスト・ディマンシュ』誌に掲載されていました.著者も書いているように,「とてつもないリズム」です.いくら二人が仲良しで,おしゃべり好きといっても.


サンペ曰く,「実際,僕らはそれぞれの場所で別々に仕事をしていた.僕はタイプライターで打たれた,修正のぜんぜんない原稿を受け取っていたんだよ.」(p.132)


 「大全」(06)で引用した文章です.また(06)では本節に先んじて,ゴシニ愛用のタイプライターの写真も引用しておきました.本節ではその写真の横に,クロテールがタイプを打っているイラストが置いてあります(p.132).これはクロテールが仮病を装い,担任の先生に宿題をしなかった理由を説明しようと,パパのふりをして手紙を認めていた時のものです(092).確かにタイプなら筆跡でバレることはないし,そこまではナイス・アイデアでしたが,これが誤字と文体から簡単に嘘の手紙と判明してしまうというのがミソ.それにしても,この手紙を見ていると,子どものように書く,読んですぐに子どもの文体であることが判明するように書くというのは,大変な技術です.

 二人の競働作業に戻ると,たいがいはゴシニがまず文章を書き,送られてきた,全く修正のない完璧な原稿を読んでサンペがイラストをつけるというのが一般的だったようです.


サンペは回想している.「『プチ・ニコラ』を書いている段階では,ゴシニはね,僕がどんなイラストをつけるかなんて,全く考えていないんだ.彼がどのような話か話してくれて,それを聞いて,僕はなんとかイラストを描くんだ.それから僕が文章を読むか,ゴシニが僕のイラストを見る.そもそも,惜しかったよね.だって僕ら,互いの作業を見て考えるなんてしなかったのだから.例えばさ,「君の,そのイラストだけどね,ほら,子どもが走っているでしょ.走り方が悪いんじゃないかな.」とか,「そこにさ,木が一本あったらいいんじゃないかな.」とか,「いやいや,木を入れるスペースはないね.」とかね.そうだね,結局のところ,ルネに言われたら,僕も考えたかもしれなかったし,僕だって,ルネに色々言えたんじゃないかな.「ほら,ここのところだけど・・・」とか.でも,そんなことはとうてい無理だったんだ.僕ら,そんな風じゃなかったからね*.」(p.132)

*Histoire du Petit Nicolas, Didier Lannoy, Dokumenta, 52 min., 2006での発言のようです.


 二人は別々に仕事をする.しかも仕事の過程では,サンペがストーリーを聞いているだけで,お互いにああしろ,こうしろという指示は一切出さない.ゴシニが最初に思いついたストーリーだけは共有されていて,あとはそこから触発された文の展開とイラストが作られる.それで時折,文とイラストの間にズレが生じてしまうのですね.でも,そのズレは間違いではないのです.だって,同じ一つのストーリーから二人別々に想像しながら,創造してゆくのですから.

 それでも,とサンペは言います.


「たった一回だけ,僕は提案をしたことがある.僕はそれを後悔したよ.ルネが書いた子どものセリフで「僕らのママンはサイコーだ」(« Nos mamans sont chouettes. »)というのがあって,僕は反論したんだ.子どもなら「僕らのお母さんはサイコーだ」(« Nos mères sont chouettes. »)っていうだろうってね.そしたらルネはすっごく気にする方だから,ムスッとしちゃってさ.それからは,僕は絶対にどんな指摘もしないぞってね.いずれにせよ,僕はルネの文章には舌を巻いていたからね.『プチ・ニコラ』には,ユーモラスなお話にはつきものの文が幾つも入っているよね.ギャグや冗談というのではなくてさ.例えば,ルネが教室の電灯の描写をする時にさ,ほら,雨が降っていると,電気がつくじゃない?子どもたちはさ,いつもと違うからさ・・・(略).そんな感じでとにかくシンプルなんだよ.あれこそ,正真正銘の文学ってもんさ.」(id.)


 それでもサンペが言うには,ゴシニはイラストなしの文章だけで書けたら,と思っていたそうなのです(そうでしょうかね?).滅多にそんな機会はなかったらしいですが,イラスト抜きの文章を書いた際には,「とりわけ喜んでいた**」そうです.

**Jérôme Dupuis, « La Vie secrète de Goscinny », Lire, hors-série, 2007からの引用です.



 「何もしてない感じ」(L'Air de ne rien faire)


「仕事ね,それは私がネタを探している時にしているんです.何にもしていない感じに見えるでしょうが.クロスワード・パズルをしているときとか,ベッドに寝転んで,目を見開いて,中空をぼんやり眺めているときだね.アイデアを探したり,ネタよ,降りてこいってお考えているとき,それが仕事なんです.」(p.132)


 それで,ネタが降ってくると・・・


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