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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(42)

« On est rentrés », t.III, pp.65-71.

「ぼくらは帰ってきたんだ」というのが題名なのですが,おそらく「ただいま!」に該当しますかね?

 というわけで,いよいよヴァカンスも終わり,ニコラたちは海辺とホテル・ボー・リヴァージュと(ミニ・ゴルフと?)友だちに別れを告げて戻ってきました.ホテルの支配人さんがパパの大嫌いな特製煮込みをお持ち帰りくださいと言ってくれたのに,パパは「いらん!」と威勢よく断りましたが,帰りの電車ではゆで卵を荷物車に入れてしまい・・・ちなみに行きはゆで卵にかける「お塩」でしたね.

 今回のお話には計6枚のイラストがついているのですが,2枚目(題字の上)は6枚目と同じで,4枚目は3枚目の一部を左右反転させた絵なので,結局計4枚となります.

 1枚目は相変わらず序文の上のそれ.


 「それから,また晴れてきました.燦々と眩しいくらい.ヴァカンスも終わりの日に.」(p.64)


 何気なくこう書いてありますが,「また」ということは,どうやらヴァカンスの終わりの方は曇りか雨天続きだったんでしょう.それが「終わりの日に」太陽が戻ってくるなんて,笑うに笑えませんな.

 2枚目は題字の上ですが,6枚目に再登場するイラストです.これは6枚目の方が座りが良さそうですので,後回しにしましょう.

 3枚目は見た目一発,ニコラがパパをうるさがらせているの図.『プチ・ニコ』ではおなじみの場面です.それでパパが結局休めないというのもいつものパターン.パパが休息を欲する場面では,1に肘掛け椅子,2に新聞と相場が決まっているのですが,今回は長い寝椅子と新聞というヴァリエーション.靴も脱いで,くつろぎ感満載...だったはずなのですが.



 両腕を後ろにそらせて握りこぶしを作り,大きく口を開けて,かまびすしく何かを言い立てているニコラ.どうやら吹き出しの中は「そら豆」のようです.それを聞くパパの姿勢が絶妙です.きっと,まずは靴を脱いで,くつろぎモードで転がっていたのでしょう.うるさいの(=ニコラ)がきたので,壁の方を向いて聞かないふりをしていたかも.それでもあまりにうるさいので仕方なく,上半身だけニコラの方に向けました.眉間には皺が寄っていますから,いかにも迷惑そう.「ちっ!」と聞こえてきそうです.なぜならパパは明日からお仕事だから・・・

 ヴァカンスから戻ってきたのはいいのですが,ニコラはヴァカ友(ヴァカンス中の友だち)とは別れてしまったし,ジモ友(地元の友だち)はヴァカンス中だし,退屈で退屈でしかたないと泣きわめく.まったく「手に負えない」感じです.ヴァカンスから帰ったばかりですから,ママンはお部屋のお片付けなど,何かと忙しそうで,それでニコラはパパに丸投げ.パパの受難が始まります.それでも大人しく一人で遊ぶようにと,ママンは機転をきかせて,そら豆を濡れた脱脂綿の上においておくと芽が生えて葉っぱが出てきて,やがてニョキニョキ木が生えるからと理科の観察のような遊びを吹き込みます.これに乗るところなんか,ニコラもやっぱり結構小さい子なんですね.

 そこまではよかったのですが,もちろんここでもパパの受難は続きます.まずは脱脂綿(ouate)がないから取りに行かせる.ニコラ,浴室で物をひっくり返す.すごい音がしたでしょうね.台所にはそら豆がない.ニコラ,行きつけのお店にもらいに行く.ヴァカンスで閉まっていたと戻ってきて叫ぶ(↓).わめいたんでしょうな.それでママンのところへ行って,戻ってくる.しかたないからパパはレンズ豆への変更を提案.それで豆まきは完了しましたが,今度は茎が生えてこないと主張.うるさい.わざとかと読者も思ったでしょうが,パパはもう限界.「お尻を引っ叩かれたいのか!」とキレたところで泣くわ喚くわ脅すわすかすわ.さぞかし騒々しい家でしょう.




 それでママンが降りてきて,パパと言い争いになります.


ママンはパパに言った.「もう少しチビにがまんしてあげてくださらない?私には家の仕事があるんですよ.かまっている暇はないんですから.思うに・・・

パパがさえぎって,「ぼくが思うに,男は家でゆっくりすごして当たり前だろ!」

それでママンが言い返す.「かわいそうなお母さんが,そう,母が言った通りでしたわ!」

パパが叫ぶ.「お義母さんなんて持ち出すな,それにかわいそうでも何でもない!」

ママンが反論.「そうですわね!今度は私の母の悪口ですか?!?」

パパの雄叫び.「ぼくがいつ君の母親の悪口なんて言ったっていうんだ!」(p.71)


 それでもう,ママンは泣き出すわ,パパは罵りながらウロウロするわ・・・.それでニコラがレンズ豆の話をすると・・・それで6枚目の図(↓)・・・「ママンがお尻を引っ叩いたんだ.」二人のケンカをよそに,一所懸命考えていたんでしょうが.お尻を叩かれ,それでニコラも泣いたはず.さぞかし騒々しい家でしょうな.



 まったく,ヴァカンスから帰ってくると,親なんてもんは「手に負えない」がニコラの感想です.


番外編.

 今回このお話には原文で読まないとわからない箇所があります.ニコラは小さいので単語,綴り,使い方がわからず,それを一々パパが直してあげる場面です.パパ,親切で教育熱心ですが,このお話の文脈からすると,一々直す度に,休みを邪魔されてイライラが募っていっているようです.

 まずは次のやりとりです.


ぼくは浴室から居間に戻ってきてパパに言ったんだ.

「ほら,ダッチメンだよ,パパ.」(—Voilà l'ouate, Papa)

「ニコラ,ダッシメンと言うんだよ.」(—On dit : la ouate, Nicolas.)(p.66)


 この「脱脂綿,コットン」という単語ouateは女性名詞で,ou-と母音で始まっていますので,初級文法からすると,la ouateよりもl'ouateとエリズィオンがあって当然なのですが,どうやらエリズィオンやリエゾンは任意のようです.言葉は慣用ですから,パパはエリズィオンしない派で,l'ouateと聞くと何となく落ち着かないのでしょうね.でもフランス語を習得しつつあるニコラにしてみれば,単語をみればなぜ省略(l')がないのか,わからないところです.私もわかりませんし,省略があって聞いても変な感じはしません.でも,こうやって言葉に対する感覚というのが次第にできてくるのでしょう.パパは「しない」と習い覚えて,「しない派」として育ったというわけです.

 もう1箇所,次のような場面があります.


パパは何度も大きくため息をついて,「もうどうもしようがないな」と言った.

「芽を生やすにはどうすればいいの?ぼくのダッシメン上にさ.」(—Et qu'est-ce que je vais faire germer alors, sur mon morceau de la ouate ? j'ai demandé.)

「ダッシメンの上と言うんだ.ダッシメン上じゃないよ.」(—On dit un morceau d'ouate, pas de la ouate.)

「だってさっきパパが「ダッシメン」って言ったじゃないか!」(—Mais tu m'avais dit qu'on disait de la ouate, j'ai répondu.)(p.69)


 今度はニコラはちゃんと「しない派」を理解して,省略せずに,de la ouateと言ったのに,またもやパパに正されてしまいます.実はここでは問題は省略ではなく,un morceau deという表現の方です.un morceauとは「一片,一切れ」などを表す表現で,deの後には無冠詞名詞を置きます.ですから,un morceau de la ouateではなく,un morceau de ouateあるいはun morceau d'ouateが正しいわけです.それはそうなのですが,おやっ?気がつきましたか?パパは「しない派」だったのですから,un morceau de ouateでなければおかしいはずなのですが,d'ouateと言っていますね.パパはun morceau deの使い方を教えたつもりでしょうが,結果として,ouateの省略d'ouateをしてしまい,「する派」の一面も見せてしまったと言うわけです.ではパパは「する派」?「しない派」?あまり厳密に物事を考えてはいけません.言葉は慣用なのです.ご寛容のほどを.

 さらにもう1箇所,「する」「しない」に関連する箇所があります.このお話は正しいフランス語(なんてない!)講座のようです.


「芽を出すチンゲン豆(l'haricot)はどこで見つかるの?」と聞いた.

「チンゲン豆じゃない.そうじゃなく・・・」とパパは言いかけて,ぼくを見て,頭を掻いて,言ったんだ.(p.70)


 ここは初等文法でしっかり学んだ通り.いわゆる「有音のh」と「無音のh」の違いで,辞書で引くとharicotと言う見出し語の前によく+のような印がついています.つまり有音のh(アッシュ)ですから,決してエリズィオンやリエゾンをしてはならないのです.私の辞書にはこんな表現がありました.courir sur le haricot (à qn).「インゲン豆の上を走る」?俗語表現で,「うんざりさせる,いらだたせる」だそうです.しかもその説明に,「注.この場合は例外的にエリジョンすることがある.」(『小学館プログレッシブ仏和辞典』)!!!ほんとにうんざりさせられますな.





 



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